つれない男女のウラの顔
「なんだ残念。もし持ってないなら、俺の傘に入ってもらおうと思ったのに」
冗談とも本気ともつかない言い方に、思わず顔が引き攣った。
何も言葉を返せないでいると、彼はそのままこちらに向かって歩いてきて、私のすぐ隣で足を止めた。
(距離が近いな…)
思わず1歩後ずさる。すると彼もまた1歩距離を詰める。
何この人、ちょっと怖い。
「僕と話をするのは初めてだよね?僕のこと知ってるかな」
私より背の高い彼が、覗き込むようにして話しかけてくる。男の人にこの距離で話されると、勝手に心拍数が上がってしまう。
私の顔、お願いだから赤くならないで。と心の中で願いながら、マスクを上げてなるべく顔を隠した。
「すみません、名前までは…」
「そうだよね、ごめんごめん。資材部の石田と申します。あ、花梨さんのことはよく知ってるよ。前から話してみたいなーと思ってたんだ」
そうだ、思い出した。資材部の石田さんは甘いフェイスの持ち主で“女性に優しい”と有名な人。私より1・2歳上だったはず。
ああ、だから傘の心配をしてくれたのか。
普通の女性は喜ぶところかもしれないけれど、コミュ障の私にとっては戸惑いの方が大きい。
「あの、ごめんなさい。私急いでますので」
先輩に対して失礼も承知で、ピシャリと言い切った。こう言えば、さすがに解放してくれると思ったから。
石田さんはまだ何か言いたげな顔をしているけれど、今の私に彼を気にしている余裕はない。申し訳ないと思いながらも、続けて「失礼します」と伝えようとすると、
「あ、待って」
それは声にならず、彼は解放するどころかすかさず私を呼び止めた。
急いでるって言ったのに、一体なんなの。仕事の話なら仕方がないけど、他のことなら勘弁してほしい。
「急いでるようだから、単刀直入に言うね。連絡先教えてよ」
いや、単刀直入過ぎるでしょ。何の脈絡もないじゃない。