つれない男女のウラの顔
「…成瀬…さん」
声を掛けてきたのはあの成瀬さんで、その整った顔にスタイル抜群の長い足、完璧なビジュアルはこんな時でさえ目を引く。
つい見入ってしまっていると、彼は私と目が合った瞬間、微かに眉を顰めた。
「あっ、おかえりなさい。成瀬さんはもっと帰りが遅いのかと思ってました。それにしても凄い雨ですね。あれ、でも成瀬さんは全然濡れてない…」
実はかなり動揺しているけれど、それを隠そうと矢継ぎ早に言葉を紡ぐ。
そうしている間にも、成瀬さんとの距離はどんどん近くなる。
「今夜は天気が荒れるから、仕事は持ち帰ることにした。雨を浴びなかったのは車で通勤しているからだ。と言っても駐車場からここに来るまでに少し濡れたが…そんなことより何があった?これは一体どういう状況?」
廊下に散乱している小物を一瞥したあと、ずぶ濡れの私を見た成瀬さんは、私のすぐそばで足を止め怪訝な表情を浮かべた。
そっか、成瀬さんて車通勤だったのか。って、今はそれどころじゃなくて…。
「……お恥ずかしいことに、鍵をなくしてしまって…」
「え?」
「バッグをひっくり返して探したけど、見付からないんです。あ、散らかしてすみません。すぐ片付けます」
恥ずかしい。また成瀬さんに格好悪いところを見せてしまった。
散らばった小物を手繰り寄せ、急いでバッグに詰め込む。濡れた髪からポタポタと落ちる水滴が、コンクリートの床にシミを作っていく。
すると成瀬さんは、彼の足元に転がっているリップクリームを拾い上げると「これも君の?」と首を傾げた。
「そうです」と慌てて立ち上がると、成瀬さんはリップをこちらに差し出しながら「かなり焦ってるな。まあ無理もないか」と眉を下げた。
「…ありがとうございます」
リップを受け取りながら力なく放つ。
今日は何をしてもダメな日だ。自分の不甲斐なさに呆れてしまう。
「心当たりは?」
「え…?」
「鍵、どこでなくしたのか見当はついてる?」
この大雨だ。私のことなんて放っておけばいいのに、彼は自宅の鍵を開ける素振りも見せない。それどころか親身になって接してくれる。
それが今の私にはとても心強くて、思わず泣きそうになるのを我慢しながら、首を横に振った。