つれない男女のウラの顔
石田さんの下の名前が“ジュン”なのかは分からないけれど、“I”が石田のイニシャルである可能性は高い。となると、電話の相手は石田さん説が濃厚だ。

すぐ連絡するとは言っていたけれど、まさかここまで早いとは思わなかった。


未だ着信画面が表示されているけれど、この電話に出るつもりはない。というか、元々彼と連絡を取り合う予定なんてなかった。

あの時はただそれ以外に逃げる方法が見つからなかったから渋々交換しただけ。それ以前に、今はそれどころではないし。

…いや、待てよ。

もしかすると、私が通用口で落とした鍵を拾ってくれたのかも。だとしたら、この電話は出た方がいいのでは…?


「成瀬さんすみません、電話に出てみます」


通話ボタンをタップして、恐る恐るスマホを耳に近付ける。


「…はい」

『あ、もしもし花梨さん?僕です、石田です』


予想が的中したことにホッと胸を撫で下ろしつつも、慣れない男性との電話に心臓がバックンバックンと音を立てている。

けれど今はそんなことを言っていられない。
小さく深呼吸してから口を開く。


「はい、花梨です。あのもしかして…」

『花梨さん、鍵持ってる?実はあのあと鍵を拾ったんだけど、花梨さん物凄い勢いで帰ってったからすぐに見失っちゃって』

「やっぱり…」


思った通りだった。あの時に落としていたんだ。かなり焦っていたから、落としたことに気が付かなかったんだ。


「それ、恐らく私のです」

『よかった。てことは、いま困ってるんじゃない?』

「あ、はい。仰る通りで、帰ってきたのはいいけど部屋に入れなくてかなり困っていて…」


ふいに肩をつつかれ、顔を上げると成瀬さんと目が合った。首を傾げると、小声で「鍵の話?」と問いかけられた。


「はい、石田さんが拾ってくださっていたみたいで」


受話口を塞ぎ、私も小声で伝える。

すると成瀬さんは、安心した表情を見せるどころか、分かりやすく眉を顰めた。
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