つれない男女のウラの顔
『花梨さん?』
険しい表情になった成瀬さんを見て怪訝に思っていると、電話の向こうで石田さんに呼ばれハッと我に返った。
『今すぐ渡しに行こうか』
「えっ?いえ、それは申し訳ないので私がそちらに伺います。今どちらにいらっしゃいますか?」
と言ってみたのはいいものの、こんな格好で、しかもこの雨で、どうやって石田さんのところへ向かえばいいのか。なんて考えていると
『ううん、もう会社は出たし、僕が花梨さんのところへ行くよ。花梨さんはいま家の前にいるんだよね?どこに住んでるの?』
こちらが口を挟む隙もなく話を進められ戸惑った。
「いや、本当に私が…」
『気を遣わなくて大丈夫だよ。いまちょうど駅にいるし、帰るついでだからこのままそっちへ向かうね。最寄り駅はどこ?』
「えっ…と…」
困った。先輩に態々持って来てもらうなんて失礼な話だし、正直言うとアパートの場所も教えたくない。
この格好で出歩きたくはないけど、ここへ来てもらうくらいなら私が石田さんのところへ行く方が良いに決まってる。どうにかして説得しなきゃ。
「お気持ちはありがたいのですが、やっぱり持ってきていただくのは心苦しいので私が…」
『僕がそうしたいだけだから本当に大丈夫だよ。あ、だったら持って行く代わりに、食事に付き合ってくれても…』
石田さんがまだ話している途中にも関わらず、突然私の手からスマホが消えた。
何事かと焦って顔を上げると、無表情で私を見下ろしている成瀬さんと目が合った。しかもその手には私のスマホが握られている。
「えっ…なる…せさん…?」
どうやら私のスマホは、成瀬さんに取り上げられたらしい。訳が分からず唖然とする私を余所に、成瀬さんは私のスマホを耳に当てた。