つれない男女のウラの顔

「今すぐ井上主任に渡してきますね。では」

「え?いやだから急ぎのものでは…」


男性社員が何か言っているのが分かったけれど、聞き終える前に逃げるようにその場から立ち去ると、書類を持ったまま近くの女子トイレに駆け込んだ。

ふと顔に触れると、案の定そこは熱を帯びている。個室には入らずそのまま手洗い場の前に立つと、鏡に映る自分を見て“やっぱりか(・・・・・)”と思わず溜息を吐いた。


私の顔の、マスクに隠れていない部分が赤く染まっている。綺麗に耳まで真っ赤。


(…ほんとやだ)


マスクを外し、手に持っていた書類で顔の熱を冷ますようにパタパタと扇ぐ。なかなか引かないその()を見て、再び大きな溜息が漏れた。


──私は昔から、すぐに赤面してしまうこの体質に悩まされている。

緊張したり、羞恥を感じたりするとたちまち顔が真っ赤になる。その顔を見られるのが嫌で、慌てて隠そうとすれば、焦りのせいか余計に熱がこもり、酷い時は首まで赤に染まる。

この症状を、世間では“あがり症”や“赤面症”と呼ぶらしい。一度病院に行って診てもらえばいいのかもしれないけれど、“精神科”という文字にビビって未だ受診できずにいる。


普段はポーカーフェイスを貫き、人と話す時は常に心を“無”にして何も考えないようにしているけれど。不意打ちにはかなり弱く、さきほどのような軽いアクシデントでも一気に心拍数が上がり体温が上昇してしまう。

新歓の時に顔が赤くなったのも、決して酔っ払ったわけではない。酔った男性社員が不意に絡んできて、思わず赤面してしまったのだ。

一度高くなった体温はなかなか元には戻らない。だけどこの赤くなった顔を人に見られたくない。

だから私は、なるべく人と接することを避けている。

もう昔みたいな苦い思いは、絶対にしたくないから。

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