つれない男女のウラの顔
なるべく人と関わらないように生きてきた。特に女は最低限視界に入れないようにしていた。
なのにどうして俺は、いま花梨の前で足を止めている?
いやいや、これは人助け。困っている人を無視出来るほど腐った人間ではない…はず。
だって明らかに様子がおかしかった。廊下にバッグの中身をばら撒いた状態で蹲っていたら、さすがにスルー出来ないだろ。
しかも相手は一応部下で、更にはお隣さんなのだから、困っていたら手を差し伸べるのは当然のこと。
声を掛けたのは、ただそれだけの理由。それ以上でもそれ以下でもない────はずなのに。
“成瀬さんの言葉って、なんだか不思議ですね”
不思議なのはそっちの方だ。どうしてこんなにも目が離せない?
“いつも私の心にスッと入ってくるんです。成瀬さんの言葉には、嘘がない気がして”
そんなこと、初めて言われた。本当に掴めないやつだ。
おまけに何だ、あの笑顔。
職場での近寄り難いイメージからは想像出来ない、穏やかで柔らかい雰囲気に、思わず目を奪われた。
こんなにもころころと表情を変えるやつだなんて知らなかった。クールという言葉がどんどん似合わなくなっていく。
職場で花梨の噂はよく聞くけど、それはどれも周りの勝手なイメージだったらしい。彼女の裏の顔を、誰も理解していないということに気付いた。
花梨は、今まで会ってきた女とどこか違う。
なぜだか分からないけど、花梨の言葉が、声が、表情が、少しずつ俺の中に刻まれていく。