つれない男女のウラの顔
「腹が減ったろ。さっき適当にデリバリーを頼んでおいたんだが、雨の影響で到着までに少し時間がかかるらしい」
「何から何まで…ありがとうございます」
そうか、もうそんな時間だったんだ。色々なことがありすぎて食事のことなんてすっかり忘れていた。言われてみれば、少しお腹が空いたかも。鍵の在処も分かって安心したから余計に。
それにしても成瀬さんの仕事の早さに感心してしまう。さすがエリート社員。
「あの、私のことは気にせずお仕事してくださいね」
空気になるのは得意だ。とにかく仕事の邪魔はしないでおこうと、部屋の隅の床にちょこんと腰を下ろした。暇を持て余した私は、静かに部屋をぐるりと見渡した。
グレーベースのシックな雰囲気の部屋は、シンプルでおしゃれ。相変わらず緊張はするけど、不思議と落ち着く。成瀬さんらしい部屋で、思わず見入ってしまう。
「そんなところに座らずに、こっちに来たらどうだ」
「いえ、お仕事の邪魔になるといけないので…」
あと、隣に座るのはシンプルに恥ずかしいので。
「……せめてそこのスツールに座ってくれないか。床に座られると俺が落ち着かない」
「あ、すみません。そうですよね…ではこちらに失礼します」
そばにあったスツールに腰を下ろすと、成瀬さんは納得したのか、再びパソコンに視線を向けた。
「なあ花梨」
「はっ、はい」
不意に声をかけられ声が上擦った。成瀬さんはパソコンに視線を向けたまま、続けて口を開く。
「あいつとはどんな関係?」
「あいつ……?」
「さっきのあいつだよ。資材部の石田」
唐突な質問に戸惑った。
どんな関係と聞かれても、語れるほどの仲ではないからだ。
「彼とは今日初めて会話をしました」
「初めてなのに、連絡先の交換を…?」
「会社を出ようとした時にたまたま通用口で会って、そこで“今度資材部で飲み会があるから来て欲しい”と声を掛けられて…最初はお断りしたんですけど、外を見ると今にも雷が鳴りそうだったので、かなり焦ってて…」
「要するに押し切られたってわけか。さっきの電話もそうだったが、なかなかしつこい男みたいだしな」
「とにかく早く帰りたくて…連絡先さえ交換をすれば解放してくれると思ったんです…」
ふうん、と相槌を打った成瀬さんの声には抑揚がない。なんだか叱られている気分。