つれない男女のウラの顔
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「成瀬さん話が違います。私がお礼するためにスーパーに寄ってもらったのであって…」
「気持ちだけで充分だから。俺も部下に奢られるのは気が引ける」
数分前、レジでさらっと支払いを済ませた成瀬さんに驚愕した。あまりにもスマート過ぎた。それと同時に罪悪感が募って、再び車に乗ったけど今すぐ正座したい。いや、このまま歩いて帰りたい。
「しかも荷物まで運んでいただいて…私は何をしに来たんだって感じですけど…」
「ドライブしたことにしよう。色々大変だったんだから、気分転換だと思って」
どうしてそんなにも心が広いの。この人は菩薩なの?大変だったのは、どちらかというと成瀬さんの方なのに。
他人を一泊させるだけでも疲れるのに、石田さんのことも解決してくれた。車にも乗せてもらったのだからお酒くらい奢らせてくれてもいいのに、全てにおいて甘すぎる。
無愛想、塩対応、感情が死んでいる、研究にしか興味のない変態。そんなイメージは、もうとっくに私の中から消えた。私が知る成瀬さんは、あたたかくて、たまに見せる笑顔が穏やかで、真面目で、思いやりのある優しい人。
「それよりも、俺はプチトマトをもらう気でいるんだが」
「もちろんです。今なってる実は全て成瀬さんに差し上げます。むしろプランターごとお渡ししたいです」
「それは遠慮しておく」
他愛もない話をしていたら、あっという間にアパートに到着してしまった。ムスクの香りが恋しい。レザー調のシートにも、既に愛着が湧いている。
「今晩、トマトでも食べながら酒が飲みたいな」
「え……?」
「お礼、してくれるんだろ?」
それは、またあの時みたいにベランダで会おうってこと?愛情込めたプチトマトを、さっそく受け取ってくれるの?
「も、もちろんです。たくさん収穫して待ってますから」
この人といると心が穏やかになる。緊張するし、すぐに赤面してしまうけど、不思議と気持ちが落ち着いて、自然と笑顔になれる。
成瀬さんは未婚でもいいと言っていた。ずっとこのアパートに住み続けるのだろうか。だとしたら、私もここに住み続ければ、一生こうして穏やかな時間を過ごせる?
なんて、ひとり浮かれながらシートベルトを緩め、車から降りた時だった。
「───成瀬くん?」
聞き慣れない声が鼓膜を揺らし、思わず息を呑んだ。
声を掛けてきた人物を捉えた成瀬さんの瞳が揺れたのを、私は見逃さなかった。