つれない男女のウラの顔
ふと一ノ瀬さんの視線が私に移った。軽く会釈した彼女に、私もおずおずと頭を下げる。
もしかして私はこの場を離れた方が良さそう?邪魔をするなという合図?
彼女の眼力に怯みかけた。オーラに圧倒されてしまう。
「今から少し時間をもらえないかな」
「悪いが今日は無理だ。それに突然現れて、昔の話を出されても困る」
「そちらの方が先約ってことかな。もしかして付き合ってる?だから困るのか」
突然話を振られ、思わず息を呑んだ。
彼女の視線が、私の頭のてっぺんから足の先まで全身をゆっくり移動する。まるで見定められている気分。
「…意外だな。随分可愛らしい方ね。成瀬くんも結局こういう人を選ぶんだ」
「一ノ瀬」
「成瀬くんより年下だよね。やっぱり若い子の方が好き?」
私を成瀬さんの彼女と勘違いしている一ノ瀬さんは、ひとりで話をどんどん進めていく。
私の方から否定した方がいいのかと悩んでいると、先に口を開いたのは成瀬さんだった。
「彼女とはそういう関係ではない。同じ職場で、先日たまたま隣の部屋に越してきただけだ」
──あれ。成瀬さんは本当のことを言っているだけなのに、胸がズキズキする。私も同じことを言おうとしていたはずなのに、成瀬さんの口から聞きたくなかったと思ってしまうのはどうしてだろう。
「あ、あの、成瀬さんとはさっきたまたま駅で会って、帰る先も同じだし暑いからっていう理由で送っていただいただけなんです。成瀬さん、態々ありがとうございました。私はお先に失礼しますので、ごゆっくり…」
「花梨待って。俺も行く」
これ以上ここにいたらダメだ───頭の中で警報が鳴って、先に部屋へ帰ろうとした。けれどすかさず制されてしまい、車から出したスーパーの袋も成瀬さんに奪われてしまった。
「…ただの同僚が、一緒に買い物へ行ったりするんだ」
ボソッと呟かれた声が耳に届く。
寂しげな瞳をする彼女に、成瀬さんは「もういいか?」と躊躇なく放った。