つれない男女のウラの顔




お風呂上がり、濡れた髪をタオルドライしながら成瀬さんから貰った付箋を見つめる。

だめだ、あれからずっと悶々してる。一ノ瀬さんのことが気になって仕方がない。

あの後、成瀬さんに「お疲れ様でした」と言って部屋に入るとき、彼は「もう二度と鍵を失くすなよ」と目を細めた。いつもと変わらない様子にほっと胸を撫で下ろしたけれど、成瀬さんは今頃、自分の部屋で何を考えているのだろう。


一ノ瀬さん、ボーイッシュだけど綺麗人だったな。
卑屈で、自分に自信のない私とは違う。凛としていて、自分を持っていそうなかっこいい人だった。

美人でスタイルもいいから、成瀬さんの隣に立っていても違和感がなかったし、むしろお似合いだと思った。


やっぱり元カノなんだろうか…。


昨夜、成瀬さんは珍しく自身の話をしてくれた。その時、女性に免疫はないと言っていたけど、交際経験がないとは一言も言っていなかった。

こんな私でも彼氏が出来たことがあるのだ。成瀬さんに出来ない方がおかしい。

なのにどうして、こんなにもモヤモヤするのだろう。


「私だけが特別なわけないのにね」


思わず独り言を零して、溜息を吐く。

職場での成瀬さんは女性を一切寄せ付けないことで有名だ。そんな彼と同じ秘密を持っていることを知り、たまに話をするようになって、色んな表情を見て、部屋に泊まり、車にまで乗せてもらった私は、彼にとってほんの少しだけ特別なんじゃないかと思ってた。

でもそれはただの自惚れだったらしい。コミュ障を極めすぎて、少し優しくされたくらいで特別だと思ってしまう。なんてイタイ女なんだ。


自分の髪が、嗅ぎ慣れたシャンプーの匂いに変わった。服の香りもいつもと同じだ。

部屋もベッドも、何もかもいつもと同じ。昨日と違って、ものすごく落ち着く……はずなのに、何かが物足りない。


「…こんな時こそ」


付箋をコルクボードに貼り付けて、キッチンからボウルを取ってきた私はそのままベランダへ向かった。

プチトマトの観察は私にとって癒しでありストレス発散。今こそプチトマトと触れ合う時だ。

窓を開けた瞬間のモヤっとした空気に思わず顔を顰めたけれど、外の風が少し心地よく感じた。


「やっと出てきた」


突如鼓膜を揺らしたのは、あの掠れた低音。

どうやら本当にトマトをつまみにお酒を飲むようだ。壁から覗いて見えた手元には、数時間前にスーパーで買ったビールが握られていた。

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