つれない男女のウラの顔
「お待たせしてすみません。いますぐ収穫しますので」
「少しでいいからな」
顔は見えないけど、その声は穏やか。
よかった。いつもの成瀬さんだ。
真っ赤なプチトマトをひとつずつボウルに入れていく。その間、成瀬さんは何も言わず静かに待っていた。
もしかすると一ノ瀬さんのことを考えているのかもしれない。そう思うと「このプチトマト、私達の顔みたいで可愛いですよね」なんてしょうもないギャグは言えなかった。
一度部屋に戻り、収穫したばかりのトマトを水で洗う。小ぶりの皿に入れ替え、再びベランダに戻った。
「お待たせしました。どうぞ召し上がってください」
壁の向こうへ差し出すと、成瀬さんは「ありがとう」と受け取ってくれた。その際、骨ばった指が私の指に少しだけ触れて、案の定顔が赤くなった。
──成瀬さんはいま、どんな顔をしてる?
「トマトでお酒はすすみますか?部屋にお煎餅とかチョコレートとかあるのでお持ちしましょうか」
「いや、いいよ。トマトで充分」
もしかして食欲がないですか?一ノ瀬さんのことを考えているから?
…って、さっきから一ノ瀬さんのことを考えているのは、成瀬さんじゃなくて私の方。
彼女との関係が気になって仕方がない。せっかく成瀬さんと同じ空間にいるのに、成瀬さんといると心が穏やかになるはずなのに、今の私はずっとそわそわしている。
「…あ、あの」
詮索されるのは好きではないかもしれない。なのに、いてもたってもいられなかった。
勢いで声を掛けると、壁の向こうから「うん?」という声が返ってきた。
「さっきの方は、元カノさん…だったりしますか?」