つれない男女のウラの顔
唐突過ぎただろうか。恐る恐る尋ねた声は微かに上擦っていた。
なんて返ってくるだろう。自分が話を切り出したくせに、返事を聞くのがこわい。
「さっきのって、一ノ瀬ことか?」
「はい…あ、答えたくなければスルーしてくださいね。おふたりの会話を聞いて、以前お付き合いされていたのかなーって、ちょっと気になっただけなので…」
「彼女とは付き合っていたわけではないよ」
「…えっ、そうなんですか?」
予想外の返事に、パァっと世界が明るくなった気がした。一気に心が軽くなった。
声が弾んでしまったのがバレたかな。なんて浮かれていたのも束の間
「“付き合ってほしい”とは言われていたけど」
続けて聞こえてきた言葉に、明るくなったはずの世界が、また真っ暗になった。
「そ…うだったんですね…」
何となく予想出来ていた展開なのに、どう返せばいいのか分からなくて当たり障りのない返事をしてしまった。
あれ、でもふたりは付き合っていなかったということは、成瀬さんはその告白を断ったということでは…。
「こっちが返事をする前に、一ノ瀬は俺の前からいなくなったんだ。というのも、告白された直後に彼女の転勤が決まって、それどころじゃなくなったというか…」
「……」
それじゃまるで、成瀬さんは付き合う気でいたのに、彼女の方から去っていったみたいじゃないか。
自分から告白したけど、やっぱり仕事を優先したってこと?もしかして成瀬さんは彼女に未練がある?
やっぱり聞くんじゃなかった。胸の奥のもやもやが増してしまった。
それどころか気の利いた言葉もかけられない。だからといって、成瀬さんは彼女のことが好きだったんですか?という一番気になる質問をする勇気もなかった。
「…同じ大学の方ですか?」
「ううん、大学の時代の友人とよく飲みに行っていた店の、店主の娘…って感じかな」
何とか絞り出したのがこの質問。これ以上この話を続けるのもどうかと思ったけれど、成瀬さんは意外にもすんなり答えてくれた。
「社会人になりたての頃によく利用してた店で、俺より2歳上の彼女は昼間は勤めている会社で普通に仕事をして、夜は親の店を手伝っていたんだけど」
「……」
「彼女、名前が司って言って、昔からあんな感じでボーイッシュな雰囲気だったから、最初は男性店員だと勘違いしていて。男友達といるような感覚で、そこからよく会話をするようになって…」
私の知らない頃の成瀬さんの話。貴重な話が聞けて嬉しいはずなのに、私の気持ちは沈んだまま。
社会人になりたての頃って、きっと心身ともに大変な時。そんな彼を、年上の彼女が支えてあげていたのかもしれない。私の知らない成瀬さんを、たくさん見てきた人なんだ。
女性が苦手な彼が、一ノ瀬さんには心を開けた理由も何となく分かってしまった。
彼にも色々な過去がある。そんなこと分かりきっているはずなのに、どうしてこんなにも胸が痛いの。