つれない男女のウラの顔
アパートで鍵を返せばいい話だが、敢えて駅で待ち合わせをして、彼女を車に乗せた理由は自分でもよく分からない。
それどころか、スーパーに寄って時間を稼いだ俺は、本格的にセクハラ上司だろうか。
たまにひとりで立ち寄るスーパーで、隣に花梨がいるのは少し変な感じがした。
自然と歩幅を合わせ、色々なお酒を見て、一緒に選んだものをカゴに入れていく。
花梨は“成瀬さんが飲みたい物を”と言うけど、俺はあのベランダで“ふたりで飲めそうな物”ばかりを選んでいた。別に“お礼”をしてもらいたくてスーパーに寄ったわけじゃないからだ。
最終的に本気でビールをケース買いしようとする花梨がおかしくて、自然と笑みが零れた。ただの買い物が楽しいと思えたのは初めてかもしれない。
彼女といると初めてを経験することが多い。でもそれが全く不快じゃないから不思議だ。むしろ心地がいいから、小さな時間稼ぎをしてしまう。
駅で待ち合わせしてからアパートに着くまで、恐らく1時間も経っていない。けれどその時間は物凄く濃厚で、だけどあっという間に終わった気がした。
「社内恋愛なんて考えたこともないし、きっと私には向いていないので。彼氏持ちという情報が出回ったとしても、何も問題ありません」
──社内恋愛は考えたことない、か。
車内で花梨が言ったこの言葉が、なぜか胸の奥に引っかかっているけど、気付かないフリをする。それよりも、今晩あのベランダで花梨とどんな話をしようとか、そんなことばかり考えていた。
こういう人と結婚したら、毎日穏やかに過ごせる気がする。と、再び結婚のことを考えてしまうのは、朝から二輪の惚気話を聞いてしまったからなのか、それとも歳のせいなのか。
そんなことをひとり考えながら車を降りた、その時だった。
「───成瀬くん?」
突如聞こえてきた懐かしい声に、一気に現実に引き戻された。