ラピスラズリ ~前世の記憶を思い出した伯爵令嬢は政略結婚を拒否します~
「カノン様、さっきから溜息がすごいですよ」
「うううう」
分かってるわよ!だって出ちゃうんだもの!

「殿下のもとに行かれるのにそのように暗い顔をなさって。
せっかくのお美しいお顔がもったいないですわよ。
ほら、それに猫背になっていますわ」
ポンッと曲がった肩に手を置かれる。

「はあああ~。わかったわよ」
更に深い溜息を一つついて姿勢を正して立ち上がる。

「アイシャ、おかしなところはないかしら?」
全身鏡越しに専属メイドのアイシャに問うた。

映った自分を見つめる。
少し上がった猫目の大きな目にくっきりとした二重。長い睫はくるんとカールされ、グリーンの瞳はキラキラと輝く。すっとした鼻筋。柔らかいピンクの紅がさされた小さな唇。
腰まである薄紫の髪は仕事中にしていた三つ編みを解けば、綺麗にウェーブがかかっている。
耳の上で止められた繊細な銀細工の髪飾りに、春らしいレモンイエローのふんわりとしつつも動きやすいドレスがよく似合っている・・・たぶん。
私は父の執務を手伝って文官業をしているので、ゴテゴテしたドレスより、シンプルで動きやすいドレスを好む。だから色だけでもかわいらしい令嬢らしく淡い色のドレスにしているんだけど。

「はい、カノン様。今日もお美しゅうございますわ」
と言ってくれているのだから似合っているのだろう。
アイシャは髪飾りを直し、鏡越しに私に微笑みかけた。

そうなのよ。自分で言うのもどうかとも思うけれど、私って美人だと思うのよね。まあ、愛想はないけれど。
私は両手の人差し指をぴんと立てて、自分の頬をむにっと上へ突いた。
こうして無理やり口角をあげて顔の筋肉を固定したら作り笑顔の完成。

「では、参りましょうか」
執務室の奥にある休憩室のドアをあけてもらう。

「お父様、行ってまいりますわ」
執務机に座る父のハウアー侯爵に挨拶をする。お父様は手を止め私に微笑みかける。

「カノン、気を付けて行ってきなさい。気を落とさずに、今日こそは会って来るんだぞ」
気を落とさずに会ってこいって…その言葉おかしいですからね?
しかも、お父様も会えないって思ってますよね?

「カノン様、ファイト~」
「カノン様、頑張って~」
「明日は休みだぞ~」
「ゆっくり休んでくださいね~」
毎回のことだけれど、みんなからの声援が雑なのよ。

「はい、今日も気を落とさずに頑張ってまいりますね。
それでは皆様、お先に失礼いたします。よい週末を~。ごきげんよう~

「「「「ごきげんよ~」」」」

作ったばかりの笑顔を崩さず、文官たちに声を掛けて父の執務室からベルナルド様の執務室に移動する。

付いてくるのはアイシャだけ。

ここは王城内。至る所に警備兵たちがいるので護衛は不要なのだ。


ベルナルド様陣営から「毎日やって来る懲りない令嬢」という立ち位置として、厄介者あつかいされているのだから、本当は行きたくない。
けれど、仕事で王城に毎日来ているのだから、ベルナルド様にご挨拶もなしに帰るなんて粗相は決してしてはならないわけで…。

「ベルナルド様に会うために仕事もしてもいないのに父親の執務室に来ている」などという噂を耳にすることもある。
悲しいけれど、それも伯爵家令嬢として顔に出すわけにもいかない。


よし!
さっさとベルナルド様の執務室に伺って帰ろう。
どうせ会うこともないんですもの。
さっさと行って帰ってお風呂に入って、今読んでる小説の続きを読まなくちゃ。

よしっ、頑張ろう!
小さく気合を入れて俯きかけた背筋を伸ばした。

そうと決まれば近道してベルナルド様のお部屋に向かいましょう!




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