奪いにきたのは獣な元カレ 昼は教師で夜はヤクザに豹変する若頭の十年愛

『え……? 破談……ですか?』

『そうなんだ。すまない。それと、君と付き合う前の交際相手が妊娠していたんだ。君は真面目で優し過ぎるから――だけど、きっと良い男が見つかるはずだよ』

 ――付き合う前の交際相手が妊娠――?
 それなら仕方ない気もするけれど、ものすごい衝撃だった。
 それに――真面目で優しすぎる。
 そういわれれば、大牙君にもそんなことを言われて告白されたんだったなって……
 婚約がなしになったっていうのに、漠然とそんなことを思いだしてしまった。

(牛口先生と一緒にいても、大牙君のことばっかり思い出してたから……仕事に集中しろっていう神様からのお告げよね……)

 そう思っていたんだけど……
 私たちの破局について噂が独り歩きしてしまって……
 真面目で潔癖な牛口先生に迫ってフラれただとか、フラれるっていうことは私に何か非があるんじゃないかって色々と噂されてしまって、先輩教師なんかもセクハラまがいの発言をしてくるしで、なんだか職場にいづらくなってしまった。
 人の噂も七十五日というけれど、皆から向けられる視線がチクチク痛くて……
 悪意のある噂を流されてるんじゃないかと思うと、居ても立ってもいられなくなって、なんだか身の置き所もなく焦燥感だけが募ってしまって……あまりにも居心地が悪いものだから、年度末退職も視野に入れて悩んでいるんだけど、教員の世界で再就職ってどうしたら良いのかなってものすごく悩んでしまっている。

(集中しなきゃ、もうすぐ皆の大学受験が迫ってるっていうのに……)

 なんとか自分のことを奮い立たせて頑張っていた。
 そんなとき、主任教師から呼び出されて、新任教師の指導をするように頼まれた。
 正直そんな気分じゃなかったけれど、仕事をしていたら、大学時代の時みたいに心は癒えるかもしれない。

「もうすぐよね」

 寒空の下、黒いスーツの上にトレンチコートを羽織って外に出て正門の前まで迎えに行ってみた。もう少しで約束の刻限だ。
 そういわれれば聞かされていない新任教師の名前。
 男性教師だって聞かされてはいるけれど……

「ちゃんと聞いておくべきだったかしら?」

 その時、学校の校門には相応しくない艶のある黒塗りの車が目の前に停車した。
 なんとなく既視感のある豪奢な車の扉が開くと、そこから降りてきたのは――

「……っ……!!」

 衝撃に目を見張った。
 見間違いかと思って、何度か目をパチパチさせる。

「そんな……」

 現れたのは一人の美青年。
 ちょっとだけ色素の薄い髪が冷たい風でサラサラと揺れ動く。きりっとした瞳は以前より眼光鋭く、動物顔は精悍さを増していて狼みたいな印象を受ける。
 身長が前よりも高くなっているし、男らしさが増してしまっているけれど間違いない。
 見間違えるはずがないのだ。
 思わずごくりと唾を飲み込む。
 そうして、こちらを向いた美青年が老若男女を蕩かすような笑みを浮かべてくると、尖ったような声が返ってくる。

「新任で来ました、龍ヶ崎大牙です。よろしくお願いします」

 ――高校時代の元カレが新任教師として職場に姿を現わしたのだった。
 

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