冷酷な御曹司は虐げられた元令嬢に純愛を乞う

序章 冷酷な男

薄暗い蔵の中。

「歯を食いしばれ。」

男は莉子に冷ややかな目を向けそう言い放つ。

ランプの乏しい灯りに浮かび上がった男の顔は、恐ろしいほど整ていて、切れ長の目には強い意志と悲しみにも似た憎しみを感じる。

今からこの男に殺されるかもしれないと言うのに、莉子は思わず見惚れてしまう。

死神がいるのならきっと、こういうお顔をしているのね、莉子は不思議と冷静にそう思うのだった。

男のその綺麗な切れ長の目は、今、憎悪で怪しく光り殺気を感じる程だ。

莉子にとって生きる事は、辛く悲しい日々だった。
出来れば早く両親の待つ天国に行きたいと思い続ける毎日も、きっと今日で終わりだと…。

この方に殺されるのなら本望だとさえ思う。

この方の怒りが私如きの命で和らぐのなら、死ぬ前に１つ良い事をしたという気にさえなるだろう。

莉子は正座をして、静かに目を瞑り手を合わせる。

その心は凪のように静かで穏やかだった。
不思議と怖さを感じ無い。

少し微笑みさえも浮かべているように見えるから、男は更に苛立ち憎しみが増幅する。

その瞬間、パンッー！！

と、静けさの中を頬を叩く音が響く。

バタン！！

と、小柄な莉子の身体は地面に倒れピクリとも動かない。

男とて、初めて女子（おなご）を叩いたからには、少なからず力は加減したつもりだった。
怒りで己を制御出来なくなっていた事は否めないが…。

数秒、倒れた女子を見つめ、いささか大袈裟では無いかと目を細める。

が、それでも動かなくなった身体に不安を覚え、片膝をつき顔を覗き込む。