冷酷な御曹司は虐げられた元令嬢に純愛を乞う
莉子は部屋に戻り、冷えてしまった布団の中で独り考えを巡らす。

司様は…肝心な所は何も言ってくれないけれど…
花街がどんな所か分かり始めてきた。

縁日に1人で行ってはいけないと、小さい頃に父に言われた記憶が甦る。

布団の中、司に抱きしめられてドキドキと心拍は乱れ、触れたその屈強な身体は自分とは全く異質に思われて…。

触れてはいけない世界がその先にある事を…身をもって感じてしまった。

亜子は花街を出る事を拒んだと言う…。
何かに怯えているのだろうか…それとも離れたく無い人がいるのだろうか…?

亜子に会いたい…会って直接話したい。
いつよりも強くそう思う。


夜が開けて辺りが段々と薄明るくなってくる。

寝たのか寝てないのか分からない頭を無理矢理起こし、莉子は着物に着替える。

いつものように水汲み場に行って顔を洗う。

バケツの中の水に氷が張っていた。
昨夜はそれ程に寒かったのだと感じながら、思い出されるのは亜子が雪で戯れる姿。

今でも…あんな無邪気な顔で嬉しそうに雪だるまを作っているだろうか…。

手のひらサイズの雪だるまを作りながら少し思い出に浸る。


朝食のお手伝いをするため台所に立つ。
何か身体を動かしていないと余分な事まで考えてしまう。

「莉子さんおはよう。」
元気の良い声が台所に響き渡る。

「今日ね、後からお出かけしましょ。お兄様が莉子さんにお洋服を買ってあげたいって、横浜に行く前にいろいろ必要なもの買い揃えると言っていたわ。
聞いてない?」

楽しそうに駆け寄って来た麻里子が、莉子の手を取りこっちこっちと引っ張るから、お味噌汁に入れるネギを洗っていた手を止めて、近くの女中に頼み麻里子の後に着いて行く。

「司兄様は本当、そういうとこあるから…本人に伝え忘れたのかしら?それとも驚かす為にあえて言わなかったの?」

六畳間の豆こたつが置かれている部屋に入り暖を取りながら、ああでも無いこうでも無いと麻里子のお喋りが始まる。

確かに今着ている着物のほとんどは麻里子から借りたり譲り受けたものだったから、返さなければいけないと思う。

そういえば…
ここに来る時に着ていた着物はどこに行ったのだろう?

「あの…ここに来る時に私が着ていた着物は、どこにあるかご存じですか?」

「ああ、アレね。司兄様が返すと言って持って行ったけど、渡されていない?」

血が付いて取れなかった為、司が洗いに出したと言っていたけれど、それから一度も見ていない。

「もしかして…東雲の家に返したのかしら?
本人にちゃんと伝えてないなんて。」
ハァーとため息を吐きながら麻里子が呆れた顔をする。

「ごめんね、莉子さん。こんな言葉足らずの兄だけ、末永くよろしくお願いします。」

代わりに頭を下げる麻里子が可笑しくて、思わずふふふと笑ってしまう。

「本当、我が家の男共は手がかかって大変よ。学兄様は逆に言葉が多すぎて、勘違いした女子を払い除けるのが大変なの。本当、正反対なのよね。」

麻里子は温かなお茶をひと口飲んで、逆立った気持ちをふぅーと落ち着ける。
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