冷酷な御曹司は虐げられた元令嬢に純愛を乞う
「あれ?司君じゃないか。」

莉子と蒸し饅頭を買って帰る道中に声をかけられる。

この声は…嫌な予感が背筋を走る。

振り返るのを躊躇っていると、莉子が不思議な顔で見て来るから、ハァーと分かりやすくため息を吐いて仕方なく振り返る。

声をかけて来た男は、思っていた以上に近付いていた。
「何だよ。無視するつもりだっただろ。」

そう言って近寄って来るのは同僚の塚本だ。
専務を名乗る俺の部下だが、2つ年上で大学の先輩でもあるから微妙な関係だ。

「専務、お疲れ様です。貴重な休みにお声掛けしてしまってすいません。」
一緒にいる眼鏡の男は西尾と言う、今年入ったばかりの新人で、扱い易い良い部下だ。

俺は莉子を隠すように前に立ち2人を見据える。

「意外だな。司がこんな庶民的な屋台なんかにも立ち寄るんだな。そちらは?」

塚本は俺が意図的に隠している事に気を利かす事もなく、逆に突いてくる嫌味な部下だ。

「…婚約者の森山莉子殿だ。こっちは塚本と西尾で一応、俺の部下だ。」

莉子は俺の後ろからちょこんと顔を出して、しおらしく挨拶をしている。

「貴方が噂の婚約者殿か!お会いできて光栄です。」

ゲンキンな塚本は莉子に手まで差し出して握手を求める。莉子も戸惑いながらその手を握り返している。

それを見て俺は若干イラッとする。

「もう、帰るところだ。仕事の話しだったら明日お願いします。」

俺は素っ気ない態度で、この場を早く立ち去りたいと先を急ぐ。それなのに…。

「莉子ちゃんだっけ?
いつも司君から話しは聞いてるよ。思っていた以上に美人さんでびっくりしたよ。」

親しげに話しかける雰囲気は、さすが営業部のやり手。人見知りする筈の莉子でさえ、優しげな笑みを浮かべている。

「分かったから…聞きたい事があるなら明日、話しは聞くから。」
俺は呆れ口調でそう言って、歩き出そうとするのに…。

「俺ら、今から近くの居酒屋へ一杯やりに行くんだけど、ここで偶然会ったのも何かの縁でしょう。ぜひ一緒に一杯どう?ビヤホールには行った事はある?」

塚本は持ち前の図々しさを発揮して、勝手に莉子を誘導してくる。

「いえ…ビヤホール?どんな所なんですか?」
莉子が俺の顔を伺いながら聞いて来る。

「一般庶民が飲んだり食べたり出来る、雑多な感じの店だよ。莉子には向いてない、行きたいならまた今度連れてってやる。」
そう早口で言い立てて、この場から早く逃げ出したいのに…。

「せっかくなんだから、社会見学だと思って行きましょう。」

塚本は莉子の背中まで押し始めるから、流石に苛立ちを隠せなくなり、塚本の手を払いのけ莉子を守る様に横に立つ。

「さすが大切にしてるとみる。君が羨ましいよ司君。こんな美人と結婚出来るなんて。」
俺に耳打ちしてくる辺り、本当にタチが悪い…。

「専務、申し訳けありません。実はちょっとそこの屋台で飲んで来てまして…。」

「そんな感じだよな…まぁ、仕方ない。ここで会ったのが運の尽きだ。」

俺も覚悟を決めて、莉子を片手で守りながら人混みを歩く。
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