冷酷な御曹司は虐げられた元令嬢に純愛を乞う

莉子の目は先程から珍しいものを観てはキラキラと輝いている。

「司様、アレは何ですか?」
莉子が目を輝かせて、指で示して聞いてくる。

「あれはちんどん屋だ。飲み屋の宣伝でもしてるんじゃないか。」

「では…皆さんが飲んでいるあれは何ですか?」

「ビールだ。西洋から入って来た酒で苦いが喉越しが良くて、今流行っている。」
莉子の指差す全てに答えてやりたいと、俺も寄り添いゆっくり歩く。

「莉子ちゃんここだよ、ビヤホールは。」

だだっ広い宴会場の様な場所に机がずらりとテーブルと椅子が並んでいて、誰も彼もみず知らぬ同士が肩を並べて相席を楽しんでいる。

さすがに8時過ぎ、未婚の女子は出歩かない時間帯だ。ビヤホールには年端もいかない女子は女給以外は
見当たらない。

「莉子、俺から絶対離れるな。」
莉子の耳元にそっと呟く。

こくんと頷き、俺の着物の袂をぎゅっと握ってくる。
その仕草に心なしか嬉しく思い庇護欲が湧き上がるのを感じる。

酔っ払いだらけのビヤホールだ。

莉子の身に何かあってはならないと、背で隠しながらホールの隅の人目に付かない席を選び座る。

「莉子さんお酒は飲めますか?」
早速注文しようと西尾がすかさず俺達にメニューを見せてくる。

「あいにく俺は車だ。莉子は…酒は飲んだ事あるのか?」

ブンブンと首を横に振るから、飲んでみたらと誘う塚本を止めてやめた方が良いと諭す。

「ここはつまみも美味しいので是非食べてみて下さい。」
そう言う西尾に注文は適当に任せる。

「せっかくだから司君は飲みなよ。車は預けて人力車で帰れば良いだろ。」
そう塚本が誘ってくる。

確かに車は警備員付きの駐車場に預けてあるから問題無いが、莉子を寒空に人力車に乗せるのは可哀想だと思ってしまう。

「私の事は気にしないで飲んで下さい。」
莉子が気を遣ってそう言ってくる。

莉子には炭酸ソーダを俺はビールを頼み、4人で乾杯する。

炭酸ソーダを飲むのも始めてだと言う莉子は、さっきから瓶を灯りに透かしては綺麗だと見つめている。
その横顔が一番綺麗だと俺は密かに思いながら、塚本のたわいも無い話しに耳を傾ける。

「莉子ちゃんは横浜には行った事があるの?」
ほろ酔い加減の塚本は、さっきからやたらと莉子に質問している。もうそろそろ抜け出す頃合いではと、俺は先程からタイミングを見計らっていた。

「横浜には小さい頃に一度だけ…家族旅行で行った事がありますが…幾分小さかったのであまり覚えてないんです。」

「そうなんだぁ。煉瓦造りの倉庫が立ち並んで、異国情緒漂う素敵な街だよ。中華街もあっていろんな食材が売っていたり、食べられるので是非行って来てね。」
酒のせいか普段より倍に喋り上戸になった塚本の独壇は続き、莉子は楽しそうに相槌を打って聞いている。

その笑顔を奪われた気がして、嫉妬の眼差しで俺は見つめながらビールを飲み進めていると、そんな俺の側で、塚本は容赦なく莉子の手相なんかを見始める。

ここぞとばかりに莉子の手を触り始めるから苛立ち、

「そろそろ帰ろう莉子。遅くなってはいけない。」
俺は莉子の膝に置かれた手を握り、退席を促す。

「はい。」
莉子は慌てて、羽織を羽織る為立ち上がり、2人にお礼を言って頭を下げる。

「西尾、ここは俺の奢りだ。これで好きに飲んでってくれ。」
いくらか財布から出し西尾に渡す。

「専務、ありがとうございます。」
頭を深々に下げ礼をする西尾の横で、笑いながら手を振る塚本に呆れながら席を立つ。

「これ、落ちましたよ。」
俺の横の席の男が、慌てた莉子の頭から落ちたらしい髪飾りを拾いにこりと笑う。

「ありがとうございます。」

どいつもこいつも隙あらばと莉子に愛想を振り撒いて来る。

莉子が受け取ろうとするその手より先に、俺はそいつの手から髪飾りを奪い取り、莉子の髪にそっと刺す。

「あ、ありがとうございます。」
少し驚きながらも俺に笑いかけてくれるからホッとして、守るように店の外に出る。

塚本に触られた側の手を繋ぎ、人力車に声をかけ2人で乗り込み帰路に着く。

外の風は冷たく、莉子の白い頬がほんのり紅色に染まる。
「寒いか?」
少しでも風避けになればと肩を抱き寄せる。

「だ、大丈夫です。」
少し緊張した面持ちで、それでも俺の腕の中で大人しくしている莉子に、いくらかの優越感に浸りながら俺の独占欲は満たされていく。
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