冷酷な御曹司は虐げられた元令嬢に純愛を乞う
「まぁ、とりあえずそれでいい。」
司にとって大切なのは、少しずつでも心の距離が縮む事だ。

たい焼きを2人分買って、莉子の手を少しでも温められたらと莉子に持たせる。

「あったかい。」
莉子がホッとした顔をする。それに癒され司は次の屋台に行く。

「あの…一つお願いが…。」
申し訳なさそうに莉子が言う。
お願いなんて莉子にされた事が今までに無かった司は、驚き足を止めて莉子を見る、

「何だ?」
これは何だって叶えなければと意気込み聞き返すと、

「亜子ちゃんの…舞台を観たいです。…これで最後かもしれませんし…。」
そう言う莉子の目にはまたみるみる涙が溜まっていく。

「分かった。せっかく来たんだ観て行こう。」
涙が溢れる前にくるりと踵を返して早足に、莉子の手を取り導くように、気遣いながら神社の内部へと戻る。

境内の屋外舞台には金の屏風が立てられていて、赤い絨毯が敷かれていた。客席にはゴザが敷かれていたが既に満員のようだ。

ずっと莉子を立たせておくのも不憫に思い、どうしたものかと人混みを見渡す。

「あれ?長谷川さんじゃないですか?」
突然背後から呼び止められて、司は莉子を背に守りながら相手を見る。

「今晩は。紀伊國屋の…井口様。」
あの日花街で出会った後、紀伊國屋には仕事の傍ら、何度か莉子の着物を買いに立ち寄っていた。

もちろん莉子には話していないから、口止めをしなくてはと少し動揺する。

「今晩は、珍しい所でお会いしましたね。ああ、もしかして旭に会いに来たのですか?良かったら前の方に招待席があります。一緒にどうですか?」

「ありがとうございます。」
莉子を振り返り司は少し迷うが…

「是非、お願いします。」
と、頭を下げる。

「そちらが…旭のお姉さん…婚約者様ですか?」

持ち前の女子受けする爽やかな笑顔で、若旦那が背に隠した莉子を覗き込む。

隠し切れないと司は思い仕方なく、莉子の事を若旦那に紹介する。

「ええ…婚約者の森山莉子殿です。」

「えっ⁉︎莉子ちゃん?あの…森山伯爵の?」

どうやら若旦那は莉子の事を知ってるらしい。司の後ろからそっと顔を出した莉子が、

「お久しぶりです。」
と、驚きながらも頭を下げる。
莉子も面識があるようだ。

「知り合いか?」

「子供の頃によく、祖母に連れられて紀伊國屋さんに着物を見立てに行ったので…。」

「莉子ちゃん…て事は、亜子ちゃんが旭⁉︎」
今更ながらその事を知り若旦那が目を見開き驚く。

「あの、小さかった子が…。」
考え深げに腕を組んで、若旦那は思い出を懐かしんでいるようだ。
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