冷酷な御曹司は虐げられた元令嬢に純愛を乞う
程なくして司が戻って来て、莉子に暖かな靴下を履かせる。

「ありがとうございます。」
莉子は感謝して満面の笑みで返す。

ついでにふかふかのストールまで買って来て莉子に羽織らせるから、びっくり顔の莉子を垣間見て、若旦那はまた深いため息を吐く。

そんな莉子は司のマフラーを握りしめながら、汚れた足に巻いたものを司に返して良いのかと、恐縮しながら本人に聞いている。

そんな事気にしないと笑う司もまた、見た事の無い笑顔だ。

お似合いの2人だな…

2人のやり取りを垣間見ながら、若旦那は寂しく1人おちょこを傾けた。

「良いな。君達を見てると、僕も結婚したくなって来た。」

若旦那の呟きに反応したのは司の方で、昔の莉子を知っている男に少しの警戒心を抱く。

「莉子の事をご存じだったとは驚きました。世間とは狭いものです。」

司は最近、令嬢だった頃の莉子を知る者が結構いる事に気付き始めていた。

仕事に行く先々で婚約者の名を出せば、『ああ、あの森山家の…』としばし驚かれる事も数あり、決まって綺麗になったんだろうねと聞かれる。

そう言う人々は年配の方に多く、莉子の父親が生前どれほど人望の厚い人だったのかと、分かる瞬間でもあった。

だから、ここに来てまさかモテ男の若旦那までも、莉子の事を知っていたとなっては、警戒しざる負えないのだ。

「莉子様が小さい頃に良く、お祖母様と一緒にうちに着物を買いに来ていたんだよ。お祖母様が着物を選んでいる間、彼女の面倒を見るのが僕の役目だったんだ。」
遠い昔に思いを馳せて、若旦那は幸せだったひと時を話し出す。

「あの頃から可愛らしいお姫様で、将来誰と結婚するんだろうかって、噂されるくらい高嶺の花だったから、君と寄り添う彼女を見て、少し嫉妬してしまうのは許して欲しい。」

そう言って笑う若旦那に司の警戒心を強まる一方だ。

こんなモテ男にかかったら、普段からどこかほわんとしている莉子の事だ、簡単になびいてしまうのではないかと不安でしかない。

「莉子はその頃の事は覚えているのか?」

司にしたら一大事だ。
ライバルは強敵で自分なんかでは太刀打ち出来ないとまで思う。

「はい…何と無くですが、お祖母様と良く紀伊國屋に出かけた事は覚えています。行くと珍しいキャラメルやチョコレートを食べさせて頂いたので。」

ふふふっと可愛く笑う莉子は、やはり昔から甘い物に目が無かったんだなと思いながら、司としてはその思い出に自分がいない事に嫉妬する。

「莉子の思い出は食べ物ばかりだな。」
燃え上がり始める嫉妬の炎を吹き消すかのように、司はフッと息を吐く。

と、突然舞台が明るくなり、ついに花街の綺麗どころが舞台袖から登場する。

拍手が湧き上がり声援のような声も飛び交う。

それに驚いたのか莉子が司の袂をぎゅっと握るから、司は少しの優越感に浸りながら、莉子の手をそっと握り締めた。
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