冷酷な御曹司は虐げられた元令嬢に純愛を乞う
「あの…麻里子さんと千代さんと一緒にお弁当を作ったんです。お腹空いてますか?」
気持ちを切り替えようと、明るく莉子は言う。
「ありがとう。実は朝から何も食べていないんだ。」
「それは大変…。」
莉子は司から風呂敷包みを受け取り重箱を開ける。
中には漆塗りの2段の重箱に、竹筒の水筒と湯呑みまで入っていた。
「美味そうだ。」
喜怒哀楽が分かり難い司だが、一緒にいる時間が増すたびに、莉子にもなんとなく気持ちが分かるようになってきていた。
今は少し口角が上がっているから喜んでくれているんだと思う。
「どれを召し上がりますか?」
莉子は重箱の蓋をお皿代わりに、司が指差す料理をいろいろ乗せて司に渡す。
「ありがとう。莉子はとりあえず先にお茶を飲んだ方がいい、喉を痛めるといけない。」
司が湯呑みにお茶を汲んでくれる。
そこで、一つの事に気付く。
湯呑みも箸も1組しかない…。
「全部1組しか無いのは何故だ。」
「あっ…本当ですね。
司さんへと思って作ったので…自分の事は頭数に入れ忘れていました。私は残った物を後で頂きますから、気にせず食べて下さい。」
ふふっと笑って、莉子はどうって事無いように司に料理を渡してくる。
下働きをしていたせいか、莉子はいつだって自分の事を後回しにする。今だって下手したら、残ったところで食べるつもりは無いのかもしれない。
だから余計に心配し構いたくなるのだ、と司は思う。
強すぎる自己犠牲に心が痛くなる。自分をもっと大切にして欲しい。
「じゃあ、お茶は莉子が湯呑みで飲めばいい。俺は水筒から直接飲むから。」
そう言って湯呑みを渡し、一口飲むまでじっと見つめる。
莉子は戸惑い躊躇していたが、司からの視線を受けて耐えられなくてひと口こくんと飲む。
それを見て幾分ホッとした司はやっと手を合わせて、料理を食べ始める。
「このだし巻き卵は誰が作った?」
「麻里子さんです。最近、本当にお上手になってお料理が楽しいって言ってました。」
「そうか、莉子のとは味がちょっと違うけど、形も色もいい。麻里子はいつも三日坊主で直ぐ飽きてしまうが、これほど続いたのは莉子のお陰だな。
外出も増えたし持ち前の明るさを取り戻した。それに何より母も元気になってきた。全部莉子のお陰だ。」
そう言って莉子を褒める。
「そんな事…皆さんが努力したからです。私は何もしてません。」
褒められ慣れない莉子は照れてしまう。
「いや、教師が良いから生徒が伸びるんだ。ほら、食べてみろ。」
そう言って、莉子の口元にだし巻き卵を運ぶ。
そんな風にされると食べない訳にはいかなくて…
小さく口を開けてパクッと半分食べてみる。
後はずっとその調子で、司がまるで莉子に餌付けでもするかのように、どんどんと口元に運ぶからあれもこれもと、お腹が満たされるまで食べてしまった。
そして何より恥ずかしいのは、莉子が半分かじった食べ物の残りを、司がパクッと躊躇なく食べてしまう事だった。
それはまるで莉子にとっては、口付けされるくらいの恥ずかしさで、顔が真っ赤になって俯いてしまった。