冷酷な御曹司は虐げられた元令嬢に純愛を乞う
トントントン。

遠慮気味なノックの音に司はベッドから飛び起き、ドアへと足を運ぶ。
この家には今莉子しか居ない訳で、今、会いたいのも彼女以外いないのだ。

「どうした?」
司は嬉しいはずなのに、威厳が邪魔をして素直に喜ぶ事が出来ず、素っ気ない態度を取ってしまう。

「あの…ごめんなさい。
…ちょっとお部屋に慣れなくて、お昼寝を一杯してしまったせいか…なかなか寝付けそうも無くて…その…少しの間一緒に居ても良いですか?
もし…お仕事があるんでしたら…。」

莉子は勇気を振り絞って来たのだが、いざ司の顔を見ると怖気付いて声が上擦ってしまう。

「将棋は出来るか?」
突然の司の言葉に首を傾げる。

「寝室に将棋があった筈だ。眠くなるまで一緒にやるか?」

莉子の顔がパァッと明るくなって頷く。
「はい…父の相手をしていたくらいですか…。」

そう言うや早く、司は莉子の手を掴み寝室へと足を早める。

そして寝室の納戸の中、司はホコリまみれの将棋盤を探し当てる。

フッと息を吹くかけると埃が舞う程で、いままで使われていなかったらしい事はすぐ分かった。

司はゴホゴホと咳き込むから、莉子は慌ててお茶を入れて司に渡す。

「大丈夫ですか…?」
莉子は将棋盤の上の埃よりも何よりも、汚れてしまった司の手を一生懸命濡れ布巾で拭く。

「俺は大丈夫だ。」
司はそれを笑いながら、それでもされるがままに拭かせてくれる。

「手を洗いますか?」
莉子は黒くなってしまった司の指先を気にして、引っ張ってバスルームに連れて行く。

司はそんなに心配しなくても…大した事ではと思うのに、莉子の必死さが可愛くて、微笑みながらされるがままに洗われる。

「…良かった。取れました。」

「ただの埃だ。そんなに心配しなくても。」
そう言って笑う司はなぜが嬉しそうだ。

「埃は気を付けなくてはダメなんですよ?
気管支に入ったら喘息になってしまいますし、菌が付いてたら取り返しの付かない事に…。」

そう話しながら、急に我に帰ったのか、莉子がハッとして、パッと手を引きごめんなさいと謝って来る。

「埃に何か嫌な思い出でもあるのか?」
不思議に思った司は莉子に問う。

「…以前、手のひらの傷からばい菌が入って…1週間も寝込んだ事が…。」
沈んだ声で莉子がそう言う。

それほどか弱い子供だったのかと心配になるが、東雲家に入ってからだと言う。

そんなにも環境が過酷だったのだろうか。
薬さえも無く病院にも行かせてもらえず、もしかしたら命の危機だってあったのかもしれない。

「俺は丈夫だから大丈夫だ。寝込んだ事だってそう無い。」

莉子を安心させるようにそう伝える。
部屋に戻り莉子が将棋盤の埃を拭こうとするから、今度は司が心配する番で、

「俺がやる。莉子は埃に弱いのかもしれない。何かあったらいけない。」

と、急いで布巾を奪い取り率先して埃を拭き取る。

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