冷酷な御曹司は虐げられた元令嬢に純愛を乞う
紙切れ一枚の事だけど、2人は晴れて夫婦となった。

莉子にはまだまだ実感は無く、心が忙しなく踊るだけの出来事だったけれど、その後に行った中華街が本当に楽しくて、久しぶりの観光を楽しんだ。

肉まんも月餅も食べるもの全てが美味しくて、見るもの全てが新鮮だった。

司も貴重な休日を思い切り楽しみ、莉子との2人だけの思い出が作れた事が何よりも嬉しかった。


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そして2カ月後、
2人で過ごす事にも徐々に慣れてきた。

出会った頃の彼女はどこか儚げで、笑う事も忘れてしまった抜け殻のような状態だったから、あの頃に比べたらまるで別人のようによく笑うようになった。

出会った頃の不安気な話し方も徐々な無くなり、本来の彼女に戻ったかのように、優しく鈴が鳴るかのように話すようになってきた。

司はそんな莉子の一言一句を逃してなるものかと、些細な事でも耳を傾け聞いている。

そんな司も支店長となった事で、細々した雑用が無くなり、家にも比較的早く帰れるようになった。

危惧していた用心棒の件は、莉子のたっての願いで実家にいた秋田犬を呼び寄せた。

今では家の中を我が物顔で闊歩するほどで、司が留守の間、彼女の事を守ってくれている。

一つ困った事に主人である筈の司に対しても、時折り威嚇して彼女に近付く事を拒むから、今では1番のライバルなのではと思っている。

そんな彼が、今1番困っている事。

それは莉子があまりにも無垢で穢れを知らないという事だ。

入籍当初こそ、一緒のベッドで寝る事に緊張していた莉子だったが、今では絶対の信頼を勝ちとった司に寄り添い、手を繋いだり、時には抱きしめて眠る事も許される間柄となった。

だがしかし、口付けよりも先に進む事が出来ないでいるのだ。

12歳から東雲家で下働きのような扱いを受け、女中と一緒に働いて来た莉子には、年相応の友達を作る事が出来なかったようだ。
だからか、そういう思春期になんとなくでも覚えるような、男女の営みについて何一つ知らないまま大人になったのだ、きっと…。

さもしたら本当にコウノトリが、赤ん坊を運んで来るとでも思っていそうな態度を醸し出すから、司も手を出しあぐねているところなのである。

元より、莉子の事となったら細部まで気を遣い、彼女がいつも笑って過ごせるようにと、考慮してしまうほど大切にしている司だから、少しでも彼女を傷付ける行為をする事に矛盾を感じざる負えないでいる。

その純粋無垢な心を傷付ける事に躊躇いを感じてしまう。

そんな司は日々忍耐と闘っているのだが、それすらも彼女の為ならばと思ってしまうほど、溺愛しているのだ。

そんな2人と1匹の生活が慣れてきた頃、
彼女の兄が、花街から救い出した妹と共に、横浜の地にやって来る事になる。

当初1カ月後にはと思っていた転勤が、2カ月後になってしまった。
それというのも妹の亜子が流行りの風邪を拗らせて、しばらく病院に入院する事になったからだった。

そして4月、
新たな旅立ちにはぴったりの季節に2人はやって来る。
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