冷酷な御曹司は虐げられた元令嬢に純愛を乞う
微睡の中、少しずつ明るくなっていく雨戸の向こうで、小鳥の囀りが微かに聞こえてくる。

俺はぬるくなった手拭いを彼女の額から外し、その額にそっと手を当てて体温を確認する。

少し熱が下がってきている。
夜中苦しそうにしていた呼吸も、今は静かな寝息に戻った。

安堵と共に眠気が押し寄せ、目を閉じる。

どのくらい経っただろうか…
布地が擦れ合う音を聞き、俺はハッと目を開け彼女を見つめる。

すると、ぎゅっと閉じていた瞼が揺れゆっくりと開き始めるから、急いで駆け寄り息を呑み見つめる。

澄んだ綺麗な瞳が、熱でまどろんだようにふわふわと揺れている。

「気がついたか?」
俺はそっと小さく、彼女を驚かせないよう配慮しながら声をかける。

ふわふわ漂っていた目線が、その声に反応してこちらを見る。まだ、頭がぼんやりとしているのか、目線が合っているのかいないのか分からない状態だ。

「…死神様?…」
彼女はか細い掠れた声で、確かにそう言ってしばらく俺をぼんやり見つめてくる。

死神……
心臓がズキンと疼き、胃の辺りがキリキリと痛みを覚える。
ああ、そう思われても仕方がない事を俺はしてしまったんだと、どうしようも無く気持ちが落ちていく。

「…ここは…天国?…それとも…地獄?」
彼女が呟くようにそう言う。

夢を見ていたのだろうか…?
虚な瞳がまだ現実を捉えていないようだ。

俺は彼女の枕元で正座をして身を正す。

「ここは、私の邸宅です。貴女が気を失ってしまった為、客間に運び介抱させてもらいました。
遅ればせながら、間違いに気付きました…
貴方は東雲紀香では無いですね?」

静かに問う。

しばらくの間の後…

「…申し訳…ございません。私…嘘を…つきました。」
震える声で、大きな瞳に涙を溜めて彼女はそう答えた。

「申し訳ない事をしたのは私です。
知らなかったとは言え、事件には全く関係の無い貴女に手をあげてしまいました。
挙句、怪我までさせてしまい…謝っても済む事ではありませんが…
全て自分の不得の致すところです。本当に申し訳ありませんでした。」

深々と頭を下げ誠心誠意、謝罪をする。

すると彼女がシクシクと大粒の涙を流し泣き始めるから、これ以上身体の水分を失って良いものかと気が気じゃ無く、俺は内心動揺してしまう。

「…私、死ねなかったんですね…あのまま…捨て置いて……くれたら良かったのに…。」
咽び泣き、ヒックヒックと肩を揺する。

「君は死ぬ必要も無ければ、叩かれる必要も無かったんです。東雲紀香では無いのだから…。」

俺は焦りを覚え、冷やす為に使っていた手拭いで彼女の頬を流れる涙を拭く。

「泣かなくていいんだ。
君は何も悪く無い…。悪いのは手をあげた俺で…身代わりを差し出した東雲家だ。
君はただ巻き込まれただけなのだから。
…これ以上、身体の水分を失うと危険だ。少し水分をとった方が良い。」

昨夜買いに走った水差しを使い、彼女の口に持っていくが、さすがに寝たままでは飲みにくそうだ。

そっと抱き起こして、自分の膝に頭を寄りかからせ、もう一度水差しを差し出す。
それでも彼女は口を開かないばかりが、涙を流しつづける。

「ここを咥えて吸うと出てくる。」
ぼろぼろ溢れ出る涙に焦りを覚える。

女子の扱いに慣れていない俺は、どうしたものかと、途方にくれて涙を拭く事しか出来ない。

「頼むから飲んでくれないか…
このままだと脱水症になり兼ねない。」
俺は、もはや懇願にも似た気持ちだ。

「…このまま…死ねたら幸せだなと…
…思っていたんです…。」
途絶え途絶えそれだけを言って、彼女は両手で顔を覆ってしまう。

「俺を人殺しにさせないでくれ。
俺には君の怪我が完治するまで看病する義務がある。君の事を心配している家族だっているだろう? 
辛い事があったとしても…せっかくこの世に生まれついたんだ。命を粗末にしないでくれ。」
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