冷酷な御曹司は虐げられた元令嬢に純愛を乞う
コンコンコン
遠慮気味にドアのノックが響く。
「司さん…?起きていらっしゃいますか?」
莉子の小さな声を聞き取り、俺はベッドから勢いよくガバッと起きて大股でドアに近付きドアを開ける。
「どうかしたか?」
平静を装いドアを開けると、寝巻きの浴衣に着替えてその上に朱色の薄手の半纏を羽織った莉子が、遠慮気味に立っていた。
「すいません…枕が変わると眠れそうも無いので。」
「ああ…枕か…。」
寝る前に、莉子も寂しさを覚えたのかと少し期待した俺は、若干ガッカリしながら、それでも莉子の愛用の枕をベッドから拾い上げ渡す。
この枕は長谷川の実家で使っていたものを、莉子がひどく気に入ったようで、配送荷物の中にそっと忍ばせたらしいのだが、
その事を引越し当初、申し訳ありませんと…まるで悪い事をしてしまったかのように謝罪をしてくるから、思わず笑ってしまった事だ。
そんな枕にまで些かの嫉妬心を抱きながら、ぶっきらぼうに枕を莉子に手渡す。
気付けば、足元に番犬のリキもついて来ている。
お前も一緒に寝るのかと、つい睨みを利かす。
「ありがとうございます。では…おやすみなさいませ。」
莉子が丁寧に頭を下げてくる。
その頭を、名残惜しげに優しく撫ぜて、
「おやすみ。」
と、告げる。
早く明日になってしまえ。
開き直りにも似た気持ちで無理やり、焦燥感を振り払いベッドに潜り込む。
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次の日の朝は、正利と2人で朝の日課である鍛練をこなす。
やはり相手がいると言うのは良い訓練になる。久しぶりに剣を打ち交わし良い汗をかく。
その後4人で朝食を摂る際、何となくだが、亜子の態度が昨日より軟化した事に気付く。
昨晩、夕飯時に言葉を交わしたのはほんのひと時だったのだが…それでも、莉子への思いを少しでも感じとってくれたのだと安堵する。
3日ほどで正利と亜子は新しい住処を会社の近くに見つけ、引越して行った。