冷酷な御曹司は虐げられた元令嬢に純愛を乞う
賑やかだった食卓が急に鎮まり、今朝の莉子は少しばかり寂しそうだ。

広い食卓テーブルは向かい合うには遠い為、俺はいつも当主が座る場所であろう中央に座る。莉子はその左手側に座っている。

その方が直ぐ手が届く距離だから、俺は好んでこの場合に座る。

「急にまた2人になって少し寂しいな。」
莉子の気持ちを慮り、俺はそっとそう話しかける。

6年間もの間、引き裂かれてしまった兄妹なのだから、出来れば今後も直ぐ会える距離にいて欲しいと、少しばかりの私情もあった正利君の転勤だった。

しかしながら、彼はなかなかのやり手だと、この3日一緒に働いて理解した。

横浜支店をこれまで以上に活性化させるには、とても良い起爆剤になってくれるだろう予感がしている。

「亜子ちゃんも通いでしばらくお手伝いに来てくれますから、大丈夫です。」
そう言う莉子の顔はやはり寂しそうだ。

「なんならもう少しゆっくりしてから、引越してくれても良かったのだが…。」

そう言いながら、俺はどこまでも莉子の気持ちに寄り添いたいと思う反面、やっと今夜からまた一緒に寝れるんだと安堵もしていた。

「兄妹が3日もご厄介になり、いろいろお気遣い頂きありがとうございました。」
莉子が律儀に頭を下げてくる。


そんな事よりも、今夜から寝室に戻って来てくれだろうか…それが今1番の俺の気がかりなのだが、

「礼は要らない。莉子の兄妹は俺にとっても既に義兄妹なんだから。」
気にする事はないんだと話しをする。

「そう、ですね…。なんだかいまだに結婚の実感が湧かなくて…。」
莉子が困ったような顔して苦笑いを浮かべる。

確かに結婚式も挙げず急に籍を入れる形を取ったから、結婚しても実感が持てなくて当然だ。事を急がせた俺のせいだが…。

結婚式を出来るだけ早く挙げなければ…
周りへの知らしめにもなるし、なりより莉子の為にも。

俺は持っていた箸を置き、真剣な眼差しで莉子を見る。莉子も戸惑いながら、同じように従う。

「莉子、出来るだけ早く結婚式を挙げよう。盛大に莉子が実感出来るように。」

ここで気持ちを伝えるべきか少し迷う。

俺がどれだけ目の前にいる君が大事で、愛しているかと言う事を…。

しばしの間瞬きも忘れ見つめ合う。

「…結婚式…ですか?」
どこか夢心地のように莉子が反復して聞いてくる。

「莉子、君を愛している。
誰よりも大事で何よりも大切なんだ。一生俺の側にいて欲しい。」

もっと先に言うべきだった言葉を今、初めて口にした。

そして…
莉子はというと、目を見開き驚き顔で固まっている。

今まで態度で示して来たつもりだが…やはり彼女には伝わっていなかったのかと、落胆にも似た苦笑いが漏れる。

「急に…そう言われても戸惑うよな。」
自業自得だと心得ている。全ては俺の婚約時の言葉のせいだ。

少しの沈黙の後、一つの涙が莉子の頬を伝う…。

困惑と戸惑いの中、咄嗟に俺はその涙を制したくて、莉子の頬に手を伸ばし親指でそっと拭く。

「…その、涙の意味は?」
事を急いてしまったと、自己嫌悪に陥りながら、それでも彼女の心が知りたいと、つい聞いてしまう。

「ご、ごめんなさい…これは…嬉しくて…。」

自分が泣かせてしまったという動揺で、どうしてもその涙を止めたいと咄嗟に思ってしまったが…

「莉子は…嬉しくても…泣くんだったな。」

止めなくても良い涙がある事を知る。

嬉しいと言う事は、少しは彼女の心がここにあると思っていいのだろうか?どうしようも無く心が浮つく。

もうこうなったら朝食どころではない。

このタイミングで言う俺もどうかと思うが、まさかの展開でかなり動揺しながら、彼女の柔らかな身体をそっと抱き寄せる。 
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