冷酷な御曹司は虐げられた元令嬢に純愛を乞う
それでもしばらく彼女はシクシクと、声無く泣いていた。

落ち着くまで待つしかないと、いつしか俺は諦め、流れる涙を拭き続けた。

何分だろうか…何時間にも思えるほど時間が経って、やっと落ち着いてきたようだ。

彼女は震るえる腕でなんとか身体を持ちあげて布団の上に座り込む。

浴衣しか着ていない。汗もかいているだろうし寒く無いだろかと、俺は慌てて先程まで自分が羽織っていた布団で彼女を包む。

「…私を…心配して…待っている人は誰もいません。
両親は既にこの世にいませんし、この命…誰かに捧げたとしても…悔いはございません。
…どうかこのまま…帰らせて頂けませんか?」

震える声で切れ切れにそう言って頭を下げてくる。

だから、身代わりとなってここに来たと言うのか?東雲紀香はそれを承知で、彼女をここに送り込んで来たのか?

怒りにも似た気持ちが東雲紀香に対して湧き出てくる。

「俺の妹は、東雲紀香によって人生を台無しにされたんだ。それを償う覚悟で君は、身代わりとなってここに来たのではないのか?
それならば、俺の言う事に従うべきだ。
水を飲めと言ったら飲め。生きろと言ったら生きるんだ。」

かなり矛盾が生じるが、彼女を生へと引き留める為、ワザと強い口調でそう伝える。

彼女が今、水を飲んで前を向いてくれるのならば、いっそ嫌われ役でも構わない。

俺はそう思い、この瞬間立場を逆転させる。

そうしなければ、彼女の頑な気持ちを動かす事は不可能だと思った。

そして…しばらく見守っていると、静々と水差しを持ち口をつけて、こくんとひと口飲み始めた。

俺は心底ホッとしてフーッと息を吐き出した。
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