冷酷な御曹司は虐げられた元令嬢に純愛を乞う
「君達は今、幸せ?」
若旦那は聞かずにはいられない。

「はい。幸せです。世間様の目は時に厳しく辛い事もありましたが、この地に来てから私達の事情を知る者も少なく、好奇な目に晒される事が少ないです。

だから、自由にお買い物も出来ますし、逆に亡き父を慕ってくれていた人が、私達を暖かい目で見てくれている事を知りました。」

莉子の心強い言葉は若旦那の胸に沁み渡った。

「司君は凄いね。全て計算してここに君達を連れて来たんだろか?」

「横浜行きは社長である義父様の命令だと聞きました。だけど、兄と妹をこちらに呼び寄せたのはきっと司さんですね。」

莉子にはどこまでが司の計らいか分からないけれど、確かに彼がいなければ、この幸せは無かったのだと実感する。

「僕には到底無理だな。彼の様に信頼感も無ければ、経済力も無い。ただ、親から与えられた場所で言われるままに生きているだけだ。
同じ跡取りでも、全く別だよ…。」

若旦那は、勝ち目が無い不戦勝に苦笑いをする。だが、それは清々しい気持ちでもあった。
かつての思い人は、今幸せを掴んで穏やかに笑っている。過去に縛られ動き出せないでいるのは自分だけだ。

「今からでも遅くはありません。懸命に働いて信頼を取り戻して下さい。遊び人じゃない若旦那が見たいです。」
亜子がそう言って若旦那を励ます。

「これじゃ、どっちが先生で生徒か分からないな。」

ハハハッと声を上げて笑う若旦那は何か、引っかかっていた物が取れた様な、爽やかな笑顔だった。
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