冷酷な御曹司は虐げられた元令嬢に純愛を乞う
3人からベタ褒めされている事も知らず、司は1人悶々とした日々を送っていた。

若旦那が来てから莉子は毎日が楽しそうだ。

日々のダンスの稽古は、覚える事がたくさんあって大変そうにはしているが、聞けば若旦那の話しばかりでいささか面白くない。

そして、いかに自分は面白味の無い男なのかと痛感させられる。

莉子ひとり満足に笑顔に出来ないこの俺は、若旦那の巧みな話術によって、彼女を奪われてしまうのでは無いかと内心怯えている。

それというのも、幼馴染という特別なら間柄にある。幼い頃から知っていた相手だから、気兼ねなく話せるだろうし…仕事の虫の俺なんかよりも、よっぽど楽しく過ごせるだろう。

そう思うだけで、心がチクチクと痛み出す。


「今日は音楽に合わせて踊ってみたんですよ。テンポが思っていたよりも早くて、ついていくのがやっとでした。」

仕事を終えて帰って来た司の着替えを、手伝いながら、莉子は日課になった今日1日の出来事を話して聞かせる。

「そうか。身体は疲れてないか?
あまり無理をするのも良くない。1日休みを入れたらどうだ?」

日々の練習で筋肉が痛み悲鳴を上げているのでは?と司は思い提案する。

「確かに…そこらじゅうが痛いです。」
ふふふっとそれでも楽しそうに莉子は笑う。

「その割には楽しそうだな。」

「学校に通っていた頃を思い出して、毎日があっという間に過ぎていきます。」

楽しい事は良いのだが…。
司の頭の中はどうしても若旦那と2人で組み、楽しそうに踊る風景が浮かんできて心を蝕む。

「若旦那様が司さんは凄いって、褒めていらっしゃいました。」
不意に莉子からそう聞かされて、司は驚きボタンをはめる手を止める。

「若旦那が俺のことを…?」
つい怪訝な顔で莉子を見る。

「はい。周りからの信頼感が違うって、同じ跡取りだけど全くの正反対だと言っておられました。」

「それは…ただ、仕事の鬼だからだろう。
私生活は面白味に欠けるつまらない男だ。」

司自身は自分の性格にほとほと呆れているから、どうしても投げやりな言い方になってしまう。

「司さんは、素晴らしい人ですよ?
私も兄妹も救って頂きました。命の恩人です!」

こんなに完璧な人はいないと思うのに、何故こんなにも自己評価が低いのだろうかと、つい心配になって力説してしまう。

「…そこまでの事は…。」
突然の力説に司は若干タジタジになる。

「司さんはそこまで凄い人なんです!」
莉子は自分の両手をグッと握りしめて訴える。

「若旦那様が、司さんの真似は出来ないって、尊敬に値するって言ってました。」

それはいささか言い過ぎだろと思うが、莉子の真剣な眼差しが嬉しくて、少しにやけてしまう。

「莉子がそう思ってくれるなら、それだけで報われる。」
司は軽く笑い、莉子の頭をポンポンと撫ぜてまたボタンを止め始める。

< 185 / 222 >

この作品をシェア

pagetop