冷酷な御曹司は虐げられた元令嬢に純愛を乞う

司はいつものように車に乗り込み、何気なく外を見る。

玄関まで見送りに出て来た女中と千代、そして彼女がそこに佇んでいる。

まるで、いつもの風景に華を添えたような存在だ。
司はふとそう思い、フッと笑みが自然と溢れる。

「おはようございます。若、今日はやけにご機嫌ですね。」
運転手の鈴木もいつもと違う司に勘付く。

「別に…。」
司は何となく居心地の悪さを感じながら、一つ咳払いをする。

「若、そう言えば、やっと彼女が何者か分かりそうです。」
鈴木が思い出したかのように言ってくる。

「それを早く言ってくれ。」
今1番知りたいのは彼女の事、どこで生まれ、どのように生き、何故東雲家で女中のように扱われていたのか…。

「東雲の者からは箝口令が敷かれているらしく、出入りの庭師や酒屋からも、話しは聞き出せませんでしたが、やっと元女中が見つかりまして、この後、会ってお話しを伺う予定です。」

「そうか。…何時に行く予定だ？」

「ええと、10時に駅近くの喫茶店で待ち合わせをしております。」

司は鞄をさりげなく開き、黒く光る革の手帳を取り出して何やら思案する。

「仕事を調整して俺も一緒に行く。」

「分かりました。9時40分には出ますのでそれまでにロビーにお願いします。」

「分かった。」

車が会社に着き、司は足速に職場に向かって行った。


鈴木は思う。

長谷川家の運転手になって早30年と少し、嫡男である若を小さな頃から見守って来た。

幼少期から物静かで大人びた手のかからない子供だった。

誰よりも頭がキレ、人の心を見抜くような鋭さがある。いつか当主として長谷川家を盛り立てていける器も感じている。

しかし、誰にも心を開かず余り他人を寄せ付けず、それでいて曲がった事を嫌い、生真面目で仕事ばかりの毎日で、少しは肩の力を抜くべきだといつも心配していたほどだった。

だから、これほどまでに他人の事を気にかけるのは珍しいのだ。

手を上げてしまったと言う罪悪感だけでは無いのでは無いだろうか？

そう思案すると、少し嬉しい気持ちになった。