冷酷な御曹司は虐げられた元令嬢に純愛を乞う
気付けば雨が降り始めていた。

玄関先で心配そうに千代と莉子、他の女中もなかなか降りて来ないこちらの様子を伺っていた様だ。

俺の姿を見て傘を持って莉子が走り寄って来る。
走って転んだりでもしたらどうするんだと、俺も急いで駆け寄る。

「お帰りなさいませ。」
少し息を切らせて莉子がはにかむから、堪らず触れたくなる気持ちを抑え込み、俺は冷たく彼女に言い聞かす。

「何をしている?君はまだ病み上がりなんだ。出迎えなんてしなくていい。早く部屋に入るんだ。」

持って来てくれた傘を受け取る事もせず、彼女の腕を取り玄関へと向かう。
そんな冷たい俺なんかに腹を立てる事もせず、彼女は少しでも俺が濡れない様にと懸命に傘を掲げてくる。

「司様、お帰りなさいませ。」
半分濡れてる俺を見て、千代から呆れた様な目を向けられる。

「あらあら、せっかくの傘を使わなかったのですか?誰か手縫いを何枚か持って来て下さい。」
千代はそう言って莉子から傘を受け取る。

「彼女を先に暖かい部屋へ。俺の事は気にしなくていい。」
そう言って靴を脱ぎ、少し濡れた背広を脱ぐ。

「お預かりします。」
彼女がすかさずそれを手にするから、自分の事を先にしろと俺は苛立ち女中が持ってきた手縫いを奪い、彼女の頭にかける。

「あ…ありがとうございます。」
いつだってそうやって、彼女は自分を後回しにして生きてきたのか…。

「風邪を引いたらいけない。」

彼女を連れて暖かい部屋へと急ぐ。

俺は部屋に入るなり荷物をそこらに放り、何よりも先に彼女を火鉢の前に座らせて、湿ってしまった髪をポンポンと拭く。

「あ、あの…大丈夫です。大した事では、ありませんから。」
俺のせいで濡れてしまった髪を心配し過ぎて、戸惑う彼女を置き去りにしてしまっていた事に、ふと気付く。

俺に触れられる事が怖かったのかもしれない…

考慮が足りなかったと慌て離れるが、ズキンと胸が疼く。
「悪かった…突然触れたら怖いよな。」

「いえ…お気遣い、ありがとうございます。」
それでも彼女は頭を下げて礼なんか言ってくるから、俺はどうしようもなく心が乱れてしまう。

鈴木があんな事を言って俺を脅してくるからだ。勝手に他人のせいにして無理やり邪心を振り払う。
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