冷酷な御曹司は虐げられた元令嬢に純愛を乞う
莉子は立ち上がり濡れた背広を掛けたり、ポケットの中の物や鞄も丁寧に手縫いで拭いて並べている。

俺はその全ての動きを火鉢の側に座りながら、目で追って見つめていた。

そして綺麗な手縫いを持ってこちらに近付いて来て、
「失礼します。」
と、遠慮がちに俺の濡れた髪を拭いてくれる。

「あの…お髪も濡れておりますし、お先にお風呂はいかがですか?」
遠慮がちに心配そうな顔を向けられる。

胡座をかいた俺と立膝の彼女の目線はとても近い。

綺麗な澄んだ瞳が、俺を覗きこむように見て来るだけで、身体の体温が上がるのを感じる。

しばらく何も言わずに見つめていると、返事が無い事に不安を感じたのか、

「…お寒く無いですか?
せめてお着替えをされた方がよろしいかと…。」

「そうだな…風呂に行くか。
ああ…その前に、あんぱんを買って来たから先に一緒に食べよう。」

つい忘れていた手土産を手元に寄せて、一つずつ紙に包まれたあんぱんを取り出す。

「冷めているから、火鉢で少し温めだ方が上手い。」

俺は、火鉢の網の上に乗っているやかんをずらして、あんぱんを2つ並べて炭火で炙る。

「あ、ありがとうございます。…暖かいお茶を用意します。」

彼女はとても丁寧に、やかんのお湯を先に湯呑みに注ぎ、次に急須に移す。それはまるで、茶道を見ているような所作で、彼女の手元から目が離せなくなる。

育ちの良さがそうさせるのだろうか。

「どこかで、茶道でも学んでいたのか?」
俺は一つ疑問を投げかける。

「えっ……昔、少しだけ習った事が…。」

目が泳がせながら、それでも嘘がつけない素直な性格なのがよく分かる。

そして俺は、意を決して彼女に話しかける。

「モリヤマ リコ 君の本当の名前…だよな。」
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