冷酷な御曹司は虐げられた元令嬢に純愛を乞う
「…えっ⁉︎」
彼女は驚きのあまり、目を見開き固まる。
その手は小さく震え瞳が潤んで揺れている。

「リコとはどう言う字を書く?」

俺は平静を装い、彼女をこれ以上怯えさせないように出来る限り優しく話す。

「…莉子のリは…草冠に利用の利…です…。」

声が揺れ今にも泣き出しそうだ。

「茉莉花…中国の茶、別名はジャスミン、香りの良い小さな美しい花の名だな。君に良く似合う。」

莉子の頬から一粒涙がこぼれ落ちる。
静かに泣き出した莉子に驚き、しばし時を忘れる。

「…泣かなくていい。
名を知られたくなかった気持ちは良く分かる。」

俺はハンカチをとポケットを探るが、そういえば、喫茶店で元女中にあげてしまったと思い出す。

仕方無くその白く柔らかな頬にそっと触れ、親指の甲で涙を拭う。

だけど、止めどなく溢れ出す涙を全て拭う事は叶わず、出来る事なら抱きしめて、このシャツをハンカチ代わりにしたいと思ってしまう程だ。

「…申し訳…ありません、でした。」
畳に頭をつけて彼女が謝ってくる。

「君は何も悪くない。
ほら…早く食べないとあんぱんが焦げるぞ。」

なんとか泣き止ませたくて、俺は気持ちをあんぱんに引き寄せようと試みる。

「ほら早く受け取れ。」
熱いだろうと、また紙に包み直し彼女に差し出す。

すると慌てて手の甲で涙を拭き、両手を差し出してあんぱんを受け取るから、その仕草がなんだか可愛くてずっと見つめてしまう。

鼻を啜り涙ぐんだままなのに、お茶を用意しようと急須で蒸らしたお茶を湯呑みに注ぎ、俺に差し出すその健気さが、逆に痛々しくて胸がズキンと痛む。

これ以上先を話すのは酷だろと、俺も口を黙(つぐみ)あんぱんを食べながら、どうしたものかと思案する。

彼女はぐすんぐすんと涙ぐみながらあんぱんを食べ始める。

…こう言う時、どう慰めるべきか分からず途方に暮れる。

沈黙が苦しくて、
「このお茶、美味いな。あんぱん合う。」

何気なく独り言のように話してしまう。

「あんぱん…久しぶり食べました。とても…美味しいです。」
彼女もそれに応えるようにそう言って、真っ赤な目でそれでも懸命に食べている。

「ゆっくり食べろ。誰も取らない。」
俺は慰める言葉も思い付かず、ただ一緒にあんぱんを頬張るしかなかった。

「あの…寒くありませんか?
…お風呂の湯加減を見て参ります。」

彼女は半ばお茶で流し込むようにあんぱんを食べ終え、いそいそと風呂の準備へと立ち上がるから、

俺はその、か細い腕に手を伸ばし引き止める。
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