冷酷な御曹司は虐げられた元令嬢に純愛を乞う
そして、正座をして身を正し両手を前に着く。
莉子は何事かと驚きながら、それでも同じように正座をして目の前に座り直してくれた。
「君の…貴方の家はかつて伯爵家だったと聞きました。知らなかったとは言え…これまでの無礼、誠に申し訳ありませんでした。
我が家は商人の出であり、いかなる時でさえ身分をわきまえなければいけないところ、感情のままに貴方に手をあげてしまった事…自責の念に耐えません。
もし、貴方が訴えると言うならば、私は大人しくこの罪を償いたいと思います。」
深く頭を下げて今までの全てを潔く謝罪する。
所詮俺は商人の出、貴族や華族達より身分が下なのだから、ここで彼女にちゃんと詫びたかった。
言葉さえもわきまえなければならないのだ。
身分制度は撤廃されたのに、未だに根強く残っている。その事に対しては抗いたい事ばかりだが、彼女に対しては素直に、今までの無礼な態度を反省し謝りたいと思った。
「お辞め下さい。どうか…頭を上げて下さい…。
我が家は既に取り壊され、身分も剥奪された身です。今の私は平民と同じ立場です。
だから、貴方がそのように謝る事は何も無いのです。」
彼女が慌てふためき俺の謝罪を止める。
「貴方はまだ、戸籍上東雲家の養子であり貴族令嬢に違いないのです。
ただ、養子に入った家が間違えであっただけ…。
もし貴方さえよろしければ、知り合いの貴族に伝手(つて)があります。そちらの家と養子縁組を取り直してはいかがでしょうか?
それが私の精一杯の…償いになればと思うのですが。」
俺は頭を上げて真摯な態度で彼女に乞う。
高貴な身分の彼女が雑に扱われて良い訳がないのだ。ちゃんとその身を正しい場所へと戻すべきだと思もう。
一方で彼女をそんな簡単に手放していいのかと、頭の中で葛藤するもう1人の俺がいる。
返事を待つ間、奥歯を噛んで自問自答する。
本当は…この手で守りたいと思っているのではないのかと。
畳に着いた手を俺は無意識のうちに、ぎゅっと握り締め自分の中の邪視と戦っていた。
彼女はその手にそっと触れる。
小さく冷たい手に、俺はビクッと身体を震わせ彼女を凝視する。
「…私には2人兄妹がおります。
兄は庄屋に奉公に出され、妹は花街に売られて行きました。
お話は大変ありがたいのですが…
私だけが身分を取り戻す訳にはいかないのです。」
言葉を選びながら、それでもハッキリと話す彼女は美しく、芯のしっかりとした女性だった。
俺はそれをありがたい説法を聞いているような、不思議な気持ちで聞きいっていた。
彼女は話しを続ける。
「私如きの為に…色々とお考え頂き大変嬉しく思います。
ですが…元よりそう言う事は望みませんし、身分等の差別はとても心苦しく、昔から好きではありませんでした。
どうか…これまで通り変わらず、普通に扱って頂きたいのです。
もちろん、長くこちらにお世話になる訳にはいかないと思っておりますし、働く場所を見つけて自分の足で歩き出さなければと考えております。
…東雲家とも縁を切るつもりです。
どうか…これ以上、ご自分を責めるのはおやめ下さい。」
彼女はそう言って頭を下げてくる。
いっそう怒りをぶつけてくれた方が俺の心は報われるのに、彼女は俺の罪をいとも簡単に許してしまう。
その潔さに、かつて持っていただろう意思と芯の強さが見え隠れする。
彼女の判断に委ねよう。
俺は自分でも気付かないほど彼女に惹かれ始めていた。