冷酷な御曹司は虐げられた元令嬢に純愛を乞う

お風呂場に向かう間、
不思議な言葉のやりとりを何度か繰り返す事になる。

「あんぱんは美味しかったか？」
と彼から質問されるので、

「はい。とても美味しかったです。」
と答えると、
「どんなふうに？」
と聞いて来る。

「えーと…久しぶりに食べたので甘くて…懐かしい味がしました。」
と無難に答える。

「久しぶりとは？どのくらい前？誰かが買って来てくれたのか？」
と、今度はやたら根掘り葉掘り聞かれる。

不思議に思い首を傾げると、なぜがフッと笑って彼がまた歩き出す。

「あの…子供の頃に祖父があんぱんが好きで、良く祖母と一緒に…路面電車に乗って…あんぱんを買いに行きました…。」
懐かしい思い出話を話すと、

「それは、商店街にある小さなパン屋か？確か名前は……。」

「早乙女商店でしょうか？」

私が言うと嬉しそうに、

「そうそう、早乙女商店だ。
今日もそこで買ったのだが、閉店間際でご老人しかいなくて…耳が遠いみたいで数をなかなか理解してくれなった。仕方が無いから残っていたパン全部を買ったんだ。」

「昔から…あそこのご店主は耳が聞こえないのです。
指で示すと直ぐに分かって頂けます。」
懐かしくなってついそう話すと、

「そうなのか。それなら次からそうするよ。」
と、終始嬉しそうだ。

「でも、なぜ早乙女なんて名を付けたんだろうな。」
とまた、そう聞いて来るから、

「祖母が聞いた所によれば…ご店主は農家の出らしくて、昔は早乙女だったとの事です。田植えをする女性の事を早乙女と言っていたそうなんです。」
と、付け足すと、司様はまた足を止めて振り返る。

「君は存分に知識があるんだな。
勿体振らずにもっとその知識を教えて欲しい。きっと、その方が何十倍も世界が広がる。」

何をおっしゃっているのだろうか？
私の知っている事なんて、彼から見たらほんの一握りに過ぎないだろうに…。

そう思いまた首を傾げると、今度は目を細めて微笑みを浮かべて、ヨシヨシと頭まで撫ぜられる。　

私は目をパチパチと瞬いて、彼の意図する事が分からず困惑してしまう。