冷酷な御曹司は虐げられた元令嬢に純愛を乞う
衣装部屋に到着して、
バッと室内に引っ張り込まれたかと思うと…ぎゅっと司に抱きしめられる。

「きゃっ…。」
莉子は小さく叫んで、抵抗する事も出来ず腕の中…
バクバクと心臓が嫌な音を立てて高鳴り、身体がブルブルと震え出すのは…

少し昔の怖かった記憶が呼び起こされたからで、…
決して司のせいではない。

司は腕の中で震えて怯える莉子に気付き、ハッとしてバッと離れる。

「申し訳ない。感情に流された…。
怖がらせるつもりは無かった…許してくれ。」
司は咄嗟に正座して、頭を下げる。

「だ、大丈夫…です…。」

決して司のせいではない。臆病な私のせいなのだから…。莉子は咄嗟にそう思い、畳に頭を擦り寄せて深く謝罪する。

「申し訳ございません。
…決して司様のせいではないのです。
私は司様の婚約者なのですから…好きになさって構わないのです…。」

必死になって謝る莉子に、司は自己嫌悪に陥りながら…今の自分の失態で、莉子の心が何十メートルも離れてしまった事を悟る。

「莉子のせいでは無い。俺が悪かったのだ。承諾なく触れてはいけなかった…ただでさえ怖がられているのだから…。」

司は少し離れた場所へと座り直し、冷静になった頭で莉子に誠意を尽くす。

「違います…司様が怖いのでは、無いのです。」
莉子は慌てて司に近付き、その手をぎゅっと両手で握る。

竹刀を握る司の手は見た目よりも硬く、手のひらに幾つもタコが出来ている。

兄の手とよく似ている…
そう思うと莉子は自然と笑みが溢れ、蘇ってしまった嫌な思い出が、浄化されていく様な気がして気持ちが落ち着く。

司は莉子にされるがままになりながらも、初めて莉子から触れられた事に、目を丸くして驚き心拍が上がるのをひた隠す。

莉子はしばらく司の大きな手に触れて、自分の感情の違いに感動すら覚えていた。
手のひらの硬くなってしまった場所を指で優しく触れると、彼の誠実で真っ直ぐな心が伝わって来るようで、つい微笑んでしまう。

「…そこは竹刀がよくあたる場所だから、何度もマメが出来ては壊れた。いつの間にか硬くなって痛さも感じなくなった。」
司はそう静かに教えてくれる。

「兄からよく…マメを潰して欲しいと…お願いされた事を思い出しました。」
莉子はフワッと笑い司と目を合わせる。

「竹刀を持つ者は同じ経験があるのだな。」

莉子にそんな風に言われただけで、剣道をやっていて良かったと思う自分に苦笑いする。
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