冷酷な御曹司は虐げられた元令嬢に純愛を乞う
少し2人だけの時間が欲しいだろうと、
「積もる話しもあるだろうから、俺は外で待っている。」
と、司は莉子に預かっていた手紙を正利に渡して席を立つ。
外は冬の訪れを感じるような木枯らしが吹いている。
寒空に司をずっと待たせる訳にはいかないと、莉子は兄に伝えたい事だけ早口に話し出す。
「これ、お兄様が大好きだったお稲荷さんやだし巻き卵を作って来たの。今夜のお夕飯にでも食べてね。」
莉子が風呂敷みに大事に包んであったお弁当を差し出す。
「わざわざありがとう。」
兄は喜び満面の笑みと共に受け取る。
「司様は良くしてくれるか?居辛くはないか?寂しく無いか?」
兄は、莉子を思い幾つかの質問を矢継ぎ早に聞く。
「大丈夫。とても良くしてもらっているわ。
一日中やる事が無いくらいのんびりとしていて、逆に申し訳ないくらい。」
微笑む莉子に安堵する。
「今までずっと働き詰めだったんだ。いつか体でも壊すじゃ無いかって心配してた。
…なのに良かったな。
司様の言う事をよく聞いて、幸せになってくれ。」
「はい…。」
兄妹2人手を取り合ってしばらく幸せを噛み締める。
そしてまた、明日に向かい一生懸命頑張って行こうと
心に決める。
「お兄様、亜子ちゃんの事なんだけど…
司様が手を尽くして探してくれたのだけど、なかなか会う事が難しいらしいの…。
花街はそんな厳重で危険なところなの?」
司が莉子を傷つけないよう、オブラートに包んで話してくれている事は薄々勘づいている。
だからこそ、本当の事が知りたいのだ。
「…実は、僕も遠目から一眼見る事が出来たが、話しかける事さえ出来ていんだ。
煌びやかな着物を着て街中を歩く行事があって…その時にチラリと見ただけだ。
莉子に負けない別嬪さんになってたよ。」
寂しそうに笑う兄に、本当の事を聞くのを躊躇する。
「司様は…少し時間はかかるだろうけど、必ず連れ出してくれるって…。」
目に涙を一杯溜めて、莉子はそれでも希望を捨てないでいる。
「そうか…彼なら財力もあるし、きっと亜子を助け出してくれるだろう。
莉子は自分の幸せを1番に考えて、彼の為に尽くすんだ。
僕も微力ながら、彼に報える事が出来るように頑張るから。」
兄に諭され、莉子はこくんと深く頷く。
いつもカサカサで荒れていた妹の手が、心無しか、かつて幸せだった頃の様に戻りつつある事を嬉しく思い、正利は微笑みを浮かべる。
寒い中、司をあまり待たせてもいけないと2人立ち上がり、店を後にする。
知らぬ間に会計も終わっていて、店主から手土産まで渡される。
「寒い中お待たせして申し訳ありません。」
莉子が司に駆け寄り頭を下げる。
その頭をポンポンと優しく撫ぜる司を見て、兄は重荷が一つ降りた事を嬉しく思い、そして寂しくも感じた。
「手土産までありがとうございます。どうか、妹の事よろしくお願いします。」
正利はもう一度深くお辞儀をして、再会を誓い、2人の側からそっと離れた。