冷酷な御曹司は虐げられた元令嬢に純愛を乞う
長い廊下の一番角に書斎はあった。

莉子は司に続き、恐る恐る書斎に入る。

「何ですか、話しとは?」
司が言葉少なに聞く。

「今、我が社は拡大を続けお前の功績もあって、諸外国にも貿易の拠点が増えて来た。
そこでだ。貿易の窓口でもある横浜支店をお前に任せたいと思う。」

「俺が、ですか?」

司は少しの戸惑いを見せる。
仕事に関しての不安は無い。

あるのは…莉子の事だけだ。横浜支店には汽車でここから2時間はかかる。

通うには少し遠すぎる。
莉子を残して向こうに行く事に不安しか無い。

司は少しの間、考え込む。

「ちょうど、横浜に祖父が建てた洋館の別荘がある。あれを自由に使っていい。もちろん、莉子さんも一緒にだ。」
父の提案に目を丸くする。

「莉子も一緒に…。」

良かった…。
今離れ離れになればきっと、莉子の心は今よりも離れてしまう。不安定で直ぐにでも切れてしまいそうな赤い糸なのだ。

未だ莉子は女中のような感覚でいる気がするし、何より2人だけの時間が少な過ぎて、進展する筈もなく触れる事さえも儘ならない。

それに何より学が莉子を構い過ぎる。

今朝の一件にしても、距離が近すぎるんじゃないかとイラつき、心が乱れた。

莉子は俺の婚約者だ。こんな危険な奴がいる場所において行ける訳がない。

司はそう思い心底安堵した。

「後、森山正利君も横浜支店に行ってもらうつもりだ。彼はとても優秀で、しかも誰とでも上手くやって行ける友好的な性格だそうだから、もう独り立ちさせても問題ないだろう。莉子さんも兄が近くにいた方が安心だろうし。どうだ、行ってくれるか?」

「分かりました。今の仕事の引き継ぎに1カ月ほど頂けますか?」
司は素早く先を見据え提案する。

「もちろんだ。莉子さん、司と一緒に横浜に行ってくれるだろうか?
君は料理も出来るし家事も問題ないだろう。
司を支えてあげて欲しい。手が足りなかったら何人か女中も雇ってくれれば良い。」

「はい…。精一杯励みます。」
まるで仕事を任されたような返事になってしまうが、莉子としては選択権なんて無いのだ。

司が居なければこの家にいる意味がなくなってしまうし、ただの居候になってしまう。

「横浜は我が社にとって大事な要になる。強固な場所にする為にも地盤固めを頼む。」

司は身が引き締まる思いがした。

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