ブルースター / Tweedia
 店内の橙色をした白熱球の熱っぽい光は、氷の入った二つのグラスを虚ろな陽炎のように揺らし、彼のグラスの向こう側の世界は、どこか遠い星の夢のようにゆらゆらと揺らいでいた。

 彼は自分のグラスの酒をひと口飲むと、物憂げに息を吐いた。そして、彼がふっと微笑し、私を見た。私は無表情のままじっと彼を見つめ返すと、彼はやっと口を開いた。

「なぜ、安原さんは、そんなことを私におっしゃるんですか?」

 その問に私は心の中で呟いた。
 罪を償ったから。不倫した事実は消えなくても、罪を償った私をあなたは愛してくれる人か、知りたかったから。

 それを口にすれば良かったのかも知れないが、私は言えなかった。結局、口を吐いて出た言葉は心の片隅にある言葉だった。

「もう二度と会わないからです」
「えっ?」
「ふふっ、不倫するクズ女なんて、関わりたくないでしょ?」

 私は冗談っぽく笑った。
 彼もグラスの酒を飲み、彼のグラスも私のグラスも空になり、言葉を交わすこと無く二人は無言の空間に身を置いたが、少ししてから、彼はテーブルの上に置いた私の手を指先でそっと触れた。彼の顔を見ると、微笑んでいた。

「違う言葉を、言いたかったのではと思いますが……違いますか?」

 そして彼が続けた言葉――それは、思いがけないものだった。

「安原さん。私は安原さんのことをもっと知りたいと思っています。今、安原さんがおっしゃった、ご自身の過去を曝け出した理由を含めて、です」

 彼は真っすぐ私を見ていた。
 少しタレ目の、笑いジワが刻まれた目尻を下げて。


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