ブルースター / Tweedia
 ◇◇◇


 テレビを見たままで自分に見向きもせず、何も言わない私にしびれを切らしたのか、彼はソファに座り直した。
 右腕で私の肩を抱いて左手を私の頬に添わせると、そのまま手のひらに力を込めた彼は私を引き寄せる。
 されるがままに唇を重ねると、彼は私を強く抱きしめ、そして耳に流れ込んだ囁きに私はドキリとした。前の男が忘れられないんだろ――。

 そのまま抱えられた私は、シーツに沈められるまで、ずっと彼の顔を見上げていた。眉根を寄せた鋭い目つき。歯を食いしばっているようにも見えた彼は、私の左側に横になり、私を眺めながらこう言った。

「ずっとわかってたよ。前の男を忘れられないって」

 優しさの中に、少しトゲのある声音。
 彼とお付き合いを始めて一年と少しが経ったが、デートらしいデートはしていない。十二月の私の誕生日には都内のレストランでディナーをご馳走になり、ラピスラズリのネックレスとピアスをプレゼントしてくれたが、彼の誕生日には会えなかった。

 月に一度、彼が横浜に来て食事に行って、ホテルに行くか私の部屋に来て体を重ねるかの一年と少し。
 そんな関係だから私は彼を恋人と思ってはいなかった。不倫の事実を伝えたのだから、そういう扱いで良いと思っていたから。
 彼だってそう思っていたはず。
 だって会う約束は必ず手紙でだったから。
 私が連絡しなくなれば終わりを告げる関係なのだと思っていたから。
 ただ、何度体を重ねても、彼は私に優しいことが不思議だった。
 自分の欲望は後回しにして、私の体を慈しむように愛し、快楽の淵へと(いざな)う彼を不思議に思っていた。なぜ、欲望の赴くままに私を抱かないのか、と。

「美波。俺じゃ、ダメか?」
「……ねえ、どうして、私が忘れられないってわかったの?」

 私の言葉に(かげ)りのある目をした彼は、少し息を吐いて答えた。前の男と一緒に見たであろう、聴いたであろうものを目の前にした時、私の表情が変わる、と。
 私が何かを言おうとして気づき口籠(くちごも)る姿に、(あらが)えない嫉妬にかられていたという。

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