弱みを見せない騎士令嬢は傭兵団長に甘やかされる
「おはようございます、ヴィルマーさん」
翌朝、宿屋の裏に行けばヴィルマーが鍛錬をしている。彼は、2日目以降シャツを着用するようになった。もしかして、それはミリアに気を使ってのことなのかとも思う。が、なんとなくそれを聞くのも自意識過剰ではないかと彼女は思い、あえて尋ねない。
「ああ、おはよう、ミリア」
「少し、お尋ねしたいことがあって」
「鍛錬の後でいいかな?」
「はい」
ヤーナックの町に来た翌日から、彼らは早朝に同じ場所で鍛錬を続けていた。互いに視界に互いが入らない配置で、ただ自分の鍛錬に集中をする。それで、彼らはどちらも何も困らなかった。彼らの鍛錬はヴィルマーの時間の方が長く、いつも彼の方が早く起きている。よって、ミリアが鍛錬を終わる頃、ちょうどヴィルマーも終わる……という感じだった。
「それで、どうしたって?」
「あの、この町に来た初日に……わたしとヘルマを襲っていた野盗についてお伺いしたくて」
「ああ、クラウスから話は聞いている。流れの商人の護衛だろう? 確かに、やつらが出てくるかもしれないな」
「あの時、ヴィルマーさんたちは彼らを追わなかったでしょう。それには何か理由があるのですか?」
「ああ、いや、あそこにいたのは、一部だったんでな。あいつらを追っかけている間に、別動隊が出てくるんじゃないかと思っていたんだ」
「まあ。他にも仲間がいるのですか」
「だが、今考えてもあれは追っかけてもよかったかもなぁ。だって、君たちは強いだろう。別働隊が出て来ても、あちらの方が人数が多くても、特に問題がなかったかもしれないな」
ミリアは苦々しく笑う。
「それは買いかぶりですよ」
「いや、そうとは思わないけど」
ヴィルマーはそう言って、宿屋の外壁にとん、ともたれかかった。その横にミリアも同じようにもたれかかって、並んで会話を続けた。
「しかし、あれが一部なのだとしたら、結構な人数ですね」
「ああ、だが、やつらの中から数人、昨日捕まったらしい」
「えっ」
「だから、そう人数は残っていないだろう。君たちの護衛で十分なんじゃないかな」
聞けば、あの野盗たちの行動範囲は広く、先日ミリアたちを襲った後に、移動をしたらしい。彼らはいくつもの拠点を持っているらしく――それがどこにあるのかは謎だが――ヤーナックから離れて、ミリアたちも通過をしたニランガの町付近で暴れ、たまたまそこを通りがかったサーレック辺境伯が雇った私兵――ヴィルマーたちと同じく傭兵のようなものだが――に捕まったのだと言う。
「あいつらも可哀相に。その私兵たちは、実績を積むのに躍起になっているところだったからな。だから、俺たちみたいに逃してくれやしなかったんだよ」
「……ヴィルマーさんの話を聞くと……やっぱり、本当は捕まえたくないように聞こえます」
「ううん、そういうわけでもないんだが」
ヴィルマーは肩を竦めて困ったように笑った。
「よくはないよ。あいつらにはこれまでの罪を償ってもらわないとと思うが、かといってサーレック辺境伯のところに突き出しちまうと、なんていうか、こう、正式な裁きをされることになる。それはなぁ。ちょっと、あいつらには重たすぎるし、サーレック辺境伯としても困ると思うんだ」
「重たすぎる……?」
「やつらには余罪が多いから、それらをまずすべて洗いざらい吐かせる、あるいは、証拠をつかむ、被害者を探す……ってのを始めることになる。そうすると、時間がかかる。もう、あいつらは何年も野盗を続けているし、実際結構な人数が被害にあっているからな。そして、今の決まり事では、あいつらは牢屋に入れられて、そこから3年は、それらを調べる間監禁することが可能になるのさ」
「確かにそうですね……」
3年間監禁をすることを許される。それは、ミリアも知っていた。一定以上の数で徒党を組んでいた者たちに対する余罪の追及には、それぐらいの時間を使う。本来、大体のパターンでは1年もせずに余罪がすべて見つかるが、ヴィルマーの話では「ありゃ、本当に3年かかるかもしれん」ということだ。
「さらに、やつらは人数がいるからな。捕まったやつらじゃない、他のやつらがやった分も上乗せされる。責任逃れも許されなくなる。そして、調べる側のサーレック辺境伯も、それを調査するのに人員を割かなくちゃいけない。いいことがないのさ。だから、やつらは最悪の相手に掴まっちまったってこと。俺たちが捕まえとけば、まだどうにかしてヤーナックで働くように手配してやれたと思うんだが……」
「ああ、なるほど。だから、捕まえたい。だが、捕まえられてしまうのは、困るということなんですね」
「そういうこと」
「なるほど……」
ミリアは困惑の表情で、剣を持ち、鞘の先でトントンと自分の靴をつつく。それを見て、ヴィルマーは小さく笑った。
翌朝、宿屋の裏に行けばヴィルマーが鍛錬をしている。彼は、2日目以降シャツを着用するようになった。もしかして、それはミリアに気を使ってのことなのかとも思う。が、なんとなくそれを聞くのも自意識過剰ではないかと彼女は思い、あえて尋ねない。
「ああ、おはよう、ミリア」
「少し、お尋ねしたいことがあって」
「鍛錬の後でいいかな?」
「はい」
ヤーナックの町に来た翌日から、彼らは早朝に同じ場所で鍛錬を続けていた。互いに視界に互いが入らない配置で、ただ自分の鍛錬に集中をする。それで、彼らはどちらも何も困らなかった。彼らの鍛錬はヴィルマーの時間の方が長く、いつも彼の方が早く起きている。よって、ミリアが鍛錬を終わる頃、ちょうどヴィルマーも終わる……という感じだった。
「それで、どうしたって?」
「あの、この町に来た初日に……わたしとヘルマを襲っていた野盗についてお伺いしたくて」
「ああ、クラウスから話は聞いている。流れの商人の護衛だろう? 確かに、やつらが出てくるかもしれないな」
「あの時、ヴィルマーさんたちは彼らを追わなかったでしょう。それには何か理由があるのですか?」
「ああ、いや、あそこにいたのは、一部だったんでな。あいつらを追っかけている間に、別動隊が出てくるんじゃないかと思っていたんだ」
「まあ。他にも仲間がいるのですか」
「だが、今考えてもあれは追っかけてもよかったかもなぁ。だって、君たちは強いだろう。別働隊が出て来ても、あちらの方が人数が多くても、特に問題がなかったかもしれないな」
ミリアは苦々しく笑う。
「それは買いかぶりですよ」
「いや、そうとは思わないけど」
ヴィルマーはそう言って、宿屋の外壁にとん、ともたれかかった。その横にミリアも同じようにもたれかかって、並んで会話を続けた。
「しかし、あれが一部なのだとしたら、結構な人数ですね」
「ああ、だが、やつらの中から数人、昨日捕まったらしい」
「えっ」
「だから、そう人数は残っていないだろう。君たちの護衛で十分なんじゃないかな」
聞けば、あの野盗たちの行動範囲は広く、先日ミリアたちを襲った後に、移動をしたらしい。彼らはいくつもの拠点を持っているらしく――それがどこにあるのかは謎だが――ヤーナックから離れて、ミリアたちも通過をしたニランガの町付近で暴れ、たまたまそこを通りがかったサーレック辺境伯が雇った私兵――ヴィルマーたちと同じく傭兵のようなものだが――に捕まったのだと言う。
「あいつらも可哀相に。その私兵たちは、実績を積むのに躍起になっているところだったからな。だから、俺たちみたいに逃してくれやしなかったんだよ」
「……ヴィルマーさんの話を聞くと……やっぱり、本当は捕まえたくないように聞こえます」
「ううん、そういうわけでもないんだが」
ヴィルマーは肩を竦めて困ったように笑った。
「よくはないよ。あいつらにはこれまでの罪を償ってもらわないとと思うが、かといってサーレック辺境伯のところに突き出しちまうと、なんていうか、こう、正式な裁きをされることになる。それはなぁ。ちょっと、あいつらには重たすぎるし、サーレック辺境伯としても困ると思うんだ」
「重たすぎる……?」
「やつらには余罪が多いから、それらをまずすべて洗いざらい吐かせる、あるいは、証拠をつかむ、被害者を探す……ってのを始めることになる。そうすると、時間がかかる。もう、あいつらは何年も野盗を続けているし、実際結構な人数が被害にあっているからな。そして、今の決まり事では、あいつらは牢屋に入れられて、そこから3年は、それらを調べる間監禁することが可能になるのさ」
「確かにそうですね……」
3年間監禁をすることを許される。それは、ミリアも知っていた。一定以上の数で徒党を組んでいた者たちに対する余罪の追及には、それぐらいの時間を使う。本来、大体のパターンでは1年もせずに余罪がすべて見つかるが、ヴィルマーの話では「ありゃ、本当に3年かかるかもしれん」ということだ。
「さらに、やつらは人数がいるからな。捕まったやつらじゃない、他のやつらがやった分も上乗せされる。責任逃れも許されなくなる。そして、調べる側のサーレック辺境伯も、それを調査するのに人員を割かなくちゃいけない。いいことがないのさ。だから、やつらは最悪の相手に掴まっちまったってこと。俺たちが捕まえとけば、まだどうにかしてヤーナックで働くように手配してやれたと思うんだが……」
「ああ、なるほど。だから、捕まえたい。だが、捕まえられてしまうのは、困るということなんですね」
「そういうこと」
「なるほど……」
ミリアは困惑の表情で、剣を持ち、鞘の先でトントンと自分の靴をつつく。それを見て、ヴィルマーは小さく笑った。