《マンガシナリオ》空から推しが降ってきた
第3話 推しとドキドキ肝試し
◯第2話の続き、咲茉の家、脱衣所兼洗面所(夜)
上半身裸のまま、咲茉に急接近する結翔。
結翔に迫られ、戸惑いと緊張で身動きのできない咲茉。
結翔「えまちゃん…」
結翔の顔が咲茉に近づく。
なにかを悟った咲茉はぎゅっと目をつむる。
結翔「湿布、貼ってほしいんだけど」
結翔の言葉に、目が点になってぽかんとする咲茉。
咲茉「え…?し…湿布?」
結翔「そう。背中に貼りたいんだけど、自分じゃうまくできなくて」
結翔は鏡を見ながら、背中に湿布を貼ろうとするジェスチャーをする。
咲茉は、学校の廊下で結翔にぶつかったときのことを思い出す。
咲茉『…いたたたたっ。ご…ごめんなさい、大丈夫ですか――』
結翔『俺こそ、よく見てなくてごめんね』
咲茉が押し倒すようなかたちで、結翔に覆いかぶさって倒れたことを思い出す。
咲茉「もしかして…!今日わたしがぶつかったときに背中を――」
結翔「気にしないで。ちょっと打っただけで、全然たいしたことないから」
咲茉「でもっ…」
責任を感じてうつむく咲茉。
咲茉(…どうしよう。A*STERのミナトくんにケガを負わせてしまうなんてっ…。推し失格だ…)
落ち込む咲茉。
そんな咲茉の頭をやさしくなでる結翔。
結翔「そんなつもりで言ったんじゃなかったんだけど…。逆に気を遣わせちゃったみたいで…ごめんね」
咲茉「…ううん。謝るのはわたしのほうで――」
結翔「本当にたいしたことないから、そんな顔しないで。えまちゃんは笑ってる顔が一番似合うから」
結翔は咲茉の両頬を指でつまんで無理やり笑わせる。
咲茉「ゆ…結翔くん、くすぐったいっ…」
結翔「よかった〜、笑ってくれて。じゃあ、これお願いしてもいいかな」
咲茉に湿布を差し出す結翔。
咲茉「う…うんっ」
ドキドキしながら、結翔の背中に湿布を貼る咲茉。
◯林間学校の森の中(朝)
それから1ヶ月後。
バスから降りる咲茉とありさ。
咲茉・ありさ「「着いたー!」」
1泊2日の林間学校へやってきた。
森の中に、宿泊施設のコテージがある。
班に分かれてお昼ごはんのカレー作りをする。
咲茉はありさと他数人の女の子といっしょの班。
ありさ「咲茉、すごーい!ピーラーがなくても皮むきできるんだ!」
ピーラーでじゃがいもの顔をむくありさたちの隣で、咲茉は包丁でニンジンの皮をむいている。
咲茉「たまにお母さんの料理の手伝いとかしてるから。でも、そんなにうまくないからほめないで…!」
謙遜しながら皮をむく咲茉。
すると、向こうのほうで声がする。
クラスメイトたち「…うおっ!すげぇ!」
クラスメイトたち「なんかちょっとかっこよく見えない!?」
クラスメイトたち「見える見える!ギャップにぐっとくるかも!」
そんな声が聞こえて顔を向ける咲茉。
そこには、結翔が滑らかな包丁さばきで玉ねぎを切っていた。
同じ班の男の子たちは、みんな玉ねぎにやられて涙を流している。
クラスメイトたち「水瀬くんって料理できるんだ!」
クラスメイトたち「めちゃくちゃ意外〜!」
女の子たちも結翔を見ている。
クラスメイトたち「水瀬、わりぃ…。オレたち…目がぁ」
結翔「大丈夫、しばらく休んでて。あとは俺がしておくから」
目がしみて開けられない同じ班の男の子たちを放っておいて、慣れた手つきで黙々とカレー作りをする結翔。
咲茉(ウチでもたびたび料理のお手伝いをしてくれる結翔くん。1人暮らしをしていたマンションでは毎日自炊をしていたらしいから、料理は得意なんだそう)
カレー作りをする結翔の姿を横目で眺める咲茉。
◯前述の続き、林間学校の森の中(昼)
ありさ「できた〜!」
咲茉とありさの班のテーブルの上には、おいしそうなカレーが盛られたお皿が並ぶ。
咲茉・ありさ「「いただきまーす!」」
班のメンバーと手を合わせる。
カレーをパクリとひと口。
ありさ「うん!おいしい!」
咲茉「そうだねっ」
しばらく食べ続けていたが、汗をかき始める咲茉たち。
ありさ「おいしいけど、…ちょっと辛くない?」
咲茉「ルウが中辛だったからね」
ありさ「あたし、家では甘口なんだよね」
クラスメイトたち「「ウチも〜!」」
中辛のカレールウのせいで、どの班も水を何杯も飲みながらカレーを食べている。
クラスメイトたち「うっまー!」
クラスメイトたち「なんか、ほどよく甘くてまろやか!」
そんな男の子たちの声が聞こえ、顔を向ける咲茉とありさ。
それは結翔の班から。
ありさ「今、甘いって言った?」
咲茉「でも、カレールウはどの班も同じだよね?」
顔を見合わせる咲茉とありさ。
結翔の班へ様子を見に行く。
他の班も様子を見にきていて、結翔の班のカレーを少しだけなめる。
クラスメイトたち「ほんとだ!甘くておしい!」
クラスメイトたち「でもどうして?ルウは中辛のはずじゃないのー?」
ざわつくクラスメイトたち。
クラスメイトたち「でもオレたちは、水瀬に言われたとおりにやってただけだしな?」
クラスメイトたち「ああ。味付けは全部水瀬がやってくれたから」
同じ班の男の子の視線が結翔へ向く。
結翔「ああ、それは隠し味にはちみつを入れたからだよ」
クラスメイトたち「「はちみつ?」」
結翔「家で作るときは、いつもはちみつを入れてるんだ。まろやかになるからおすすめだよ」
クラスメイトたち「だから、他の班よりも甘くてうまいのかー!」
その話を聞いていたありさが咲茉の肩をたたく。
ありさ「はちみつが隠し味だって!咲茉、試してみたことある?」
咲茉「ううん、初めて知った。今度やってみようかな」
すると、難しそうな顔をしながら顎に手をあてて考え込んでいるありさ。
ありさ「でもたしか、ミナトもカレーを作るときははちみつを入れるって…SNSに書いてたと思うんだよね」
咲茉「…えっ?」
ありさ「ほら!」
ありさは瞬時に、カレーの写真がアップされたミナトのSNSの投稿を咲茉に見せる。
【隠し味は、はちみつです!カレーを作るときは、いつも入れています】
そう書かれた投稿欄を見て、冷や汗の出る咲茉。
ありさ「ミナトと水瀬くん…。隠し味はどちらも同じ…はちみつ」
なにかを思ったのか、考え込んだポーズのまま結翔に視線を移すありさ。
心臓がバクバクしながら、ごくりとつばを呑む咲茉。
ありさ「もしかして――」
咲茉(ま…まさか、ありさにバレた…!?)
真剣な表情のありさ。
ありさ「もしかして…、はちみつが隠し味ってけっこう有名だったりするのかな」
咲茉「…へっ?」
思っていたことと違うありさの発言に、ぽかんとする咲茉。
ありさ「ママに言って、今度はちみつ入りのカレー作ってもらお〜っと♪」
結翔がミナトだとバレたかと思ったが、能天気なありさにほっと胸をなで下ろす咲茉。
咲茉(…よかった〜、バレてなくて。でも、いつどこでだれに気づかれるかわからないし、ここはミナトくん推しのわたしが、ミナトくんのためになんとかしないと!)
それからも、結翔の素顔がバレそうになるとすぐに駆けつける咲茉。
男の子たちが冗談で結翔のメガネを取ると、瞬時に取り返し結翔にかけされる。
咲茉のあまりの早業に、ぽかんと口を開けて驚く結翔。
結翔「あ…ありがとう、えまちゃん」
咲茉「これくらい当たり前だよ。だって、バレたら大変だしね」
常に周囲に目を光らせる咲茉。
まるでボディーガードのように結翔に貼りつく咲茉。
結翔「でもこれじゃあ、せっかくの林間学校なのにえまちゃんが楽しめないんじゃ…」
咲茉「わたしのことは気にしないでっ。結翔くんが楽しめたらそれでいいから!」
小声で結翔に話す咲茉。
咲茉(だって推しが楽しんでくれるなら、わたしだって楽しいし!)
周りから必死に守る咲茉を見て、結翔は笑みをこぼす。
◯前述の続き、林間学校の森の中(夜)
担任「それでは、くじ引きで同じ番号の男女がペアになってコースを一周して帰ってきます」
暗がりの中、懐中電灯を持った担任が生徒たちに説明する。
夜は、肝試しが催されている。
外に集められる生徒たち。
ありさ「この林間学校の一番の楽しみって言ったら、やっぱり肝試しだよね〜」
クラスメイトたち「ね〜♪ペアになった男子と付き合うことになったって話、先輩たちの中ではあるあるみたいだし!」
クラスメイトたち「早く始まらないかな〜♪」
ありさや他のクラスメイトの女の子たちはウキウキしている。
しかし、咲茉はありさの後ろで小さく震えている。
それに気づいたクラスメイトの女の子たち。
クラスメイトたち「あれ?咲茉ちゃん、そんなところでどうしたの?」
クラスメイトたち「もしかして、咲茉ちゃんって――」
ありさ「そう!咲茉って、おばけとか幽霊が大の苦手なんだよね」
ありさの言葉に、咲茉は何度も大きくうなずく。
青ざめた顔でガチガチと歯を震わせる。
クラスメイトたち「大丈夫だって〜!べつに1人で行くわけじゃないんだし」
クラスメイトたち「そうそう!ちゃんとペアになった男子が守ってくれるって!」
クラスメイトたち「でも、その男子によりけりだよね。自分よりも頼りなさそうな男子だったら…ちょっと、ね」
クラスメイトたち「…ん〜っと。たとえば、水瀬くんとか?」
地味な結翔を見て、クスクスと笑うクラスメイトたち。
クラスメイトたち「料理してる姿はかっこよく見えたけど、やっぱりちょっと頼りない感じはあるよね」
クラスメイトたち「本当に幽霊に出くわしちゃったら、その場で気絶しちゃいそうだしっ」
クラスメイトたち「「それ!わかる〜!」」
クラスメイトの女の子たちはケラケラと笑う。
そのあと、男女別で肝試しのくじ引きが行われる。
咲茉が引いた紙には【7】と書かれてあった。
その咲茉の紙をのぞき込むありさ。
ありさ「やったじゃん、咲茉!ラッキー7!」
咲茉「うん!」
ペアごとに、男女で順番に並んでいく。
担任「次、7番!」
咲茉「はい!」
並びにいく咲茉。
隣を見ると結翔がいた。
咲茉(ミ――!…じゃなくて)
咲茉「結翔くん…!」
結翔「もしかして、7番ってえまちゃん?」
咲茉「う…、うん!」
恥ずかしさで顔を赤くしながらうなずく咲茉。
咲茉(わたしが…ミナトくんといっしょに肝試し⁉ありがとう、神様…!!)
推しと肝試しをまわれることがうれしくて、咲茉は涙を流す。
その姿を見て、周りは小声で話す。
クラスメイトたち「見て…!咲茉ちゃん泣いてる。…かわいそう」
クラスメイト「仕方ないよね。だってペアが、幽霊に出くわしたら一番にやられそうな水瀬くんなんだもん」
咲茉に同情の視線を送るクラスメイトたち。
しかし、咲茉は結翔とまわれることがうれしかった。
順調に肝試しが進んでいく。
前のペアが出発して5分後。
担任「じゃあ、次。7番!」
結翔「はい」
咲茉「は…はい!」
緊張した面持ちの咲茉。
担任は結翔に懐中電灯を渡す。
結翔「じゃあ行こうか、えまちゃん」
咲茉「うん…!」
暗い森の中へと入っていく結翔と咲茉。
順調に進んで行くが、結翔がふとペースダウンした咲茉に気づいて振り返る。
結翔「えまちゃん、どうかした?」
咲茉「う…ううん、なんでもないの…」
駆け寄る結翔。
咲茉の体が小刻みに震えていることに気づく。
結翔「…もしかして、えまちゃんってこういうの苦手?」
結翔の問いに、ぎこちなくうなずく咲茉。
結翔「それなら早く言ってくれたらよかったのに」
そう言って、咲茉の手を握る結翔。
推しに手を繋がれ、驚いて顔を真っ赤にする咲茉。
咲茉「ゆっ…、結翔くん――」
結翔「こうしたら大丈夫でしょ?みんなのところへ戻るまで離さないから安心して」
結翔に手を繋がれながら歩き出す咲茉。
咲茉(みんなところへ戻るまで離さないって言ったって、もしだれかに見られでもしたらっ…)
そのことが頭によぎる咲茉。
咲茉は見られたらいけないとわかっていても、憧れの推しに手を繋がれたまま顔を赤らめる。
歩いている途中で、ふと上を向く咲茉。
咲茉「うわぁー、きれい…!」
咲茉が見上げる空には、無数の星が輝いていた。
結翔もつられて顔を上げる。
結翔「…ほんとだ!こっちのほうが空気がきれいだからか、よく見えるね」
星空を見上げる咲茉と結翔。
すると、結翔が咲茉の隣でごそごそし始める。
不思議そうに見つめる咲茉。
結翔は変装の伊達メガネを外し、鬱陶しい前髪をかき上げて空を見上げる。
変装を解いた結翔に慌てる咲茉。
咲茉「…結翔くん!さすがにその格好はマズイんじゃ――」
結翔「大丈夫だって。今ここにいるのは、俺とえまちゃんだけだから。それにもし後ろのペアがきたとしても、暗がりですぐには気づかれないよ」
余裕そうにウインクしてみせる結翔。
結翔「せっかくのきれいな星空なんだ。メガネのレンズ越しじゃなくて、直接自分の目で見てみたいし」
ニッと笑ってみせる結翔。
ミナトそのものの笑った表情にドキッとする咲茉。
星空を堪能した咲茉と結翔は、また肝試しのコースを手を繋ぎながら歩き出す。
すると突然、咲茉がしゃがみ込んでしまう。
結翔「…どうしたの、咲茉ちゃん!?」
咲茉「う…うん。たいしたことじゃないんだけど…」
そう言いながら、右の足首に視線を移す咲茉。
結翔が懐中電灯で照らすと、咲茉の右の足首に血がにじんでいた。
咲茉「ちょっと…靴擦れしちゃったみたい」
結翔「…靴擦れ!?履き慣れた靴じゃなかったの?」
咲茉「…うん。お昼からの川遊びで靴を濡らしちゃって、かわりに学校用の替えの靴を貸してもらったんだけど…サイズが合わなくて」
血がにじむ靴擦れの部分を見つめながら、眉を落とす結翔。
咲茉「でも、こんなところで立ち止まってる時間なんてないよね。行こっか」
そう言って立ち上がろうとする咲茉。
しかしすぐに足首に痛みが走って崩れ落ちる咲茉。
結翔「無理しないで。余計にひどくなるよ」
咲茉「だけど…」
すると、咲茉の前に背中を向けてしゃがみ込む結翔。
それを見て、キョトンと首をかしげる咲茉。
結翔「俺がおんぶするよ」
咲茉「…えっ!?」
結翔「足、痛いんでしょ?」
咲茉「でもっ…!わたし…、重いから!いいよ、いいよ…!」
手をブンブンと横に振る咲茉。
咲茉が必死に断ると、結翔がふと立ち上がる。
結翔「そっか、わかった」
咲茉(よかった〜…。推しにおんぶさせるなんて、さすがにそんなことさせられない)
と咲茉が思っていると、咲茉の体がふわりと宙に浮く。
驚いて顔を上げると、目の前には結翔の顔。
咲茉「…えっ。…えっ!?」
慌てる咲茉。
結翔「おんぶがダメなら、これならいいでしょ?」
やさしく微笑む結翔。
ようやく状況を理解する咲茉。
咲茉は結翔にお姫さま抱っこされていた。
咲茉「お…下ろして、結翔くん!ほんと…わたし、…重いから!」
結翔「どこが重いの。むしろ軽すぎて心配になるくらい」
結翔は軽々と咲茉を抱っこしながら歩き出す。
結翔「落としたら大変だから、じっとしててね」
結翔に見つめられ、抱きかかえられる咲茉。
咲茉「う…、うんっ」
恥ずかしさとうれしさで、顔を赤らめながらうつむく。
咲茉(…どうしよう。推しにお姫さま抱っこされるなんて、感激しすぎて…死にそう)
咲茉を抱えながら、肝試しのコースを歩く結翔。
結翔「それにしても、どうして言ってくれなかったの?本当は、ずっと足が痛かったんじゃないの?」
結翔の言葉に口をつむぐ咲茉。
本当は、肝試し前から靴擦れしかけていた。
咲茉「…結翔くん、前々からこの肝試しを楽しみにしてたのは知ってたから。ペアのわたしが足が痛いなんて言って、迷惑かけたくなかったから言い出せなくて…」
咲茉(結局、こうして迷惑をかけてしまっているけど…)
咲茉の話を聞いた結翔から小さなため息がもれる。
結翔「も〜、そんなことで無理しなくたっていいのに。ただでさえ、俺のこと気遣ってくれてるのに」
咲茉「べつにわたし、そんなたいしたことは――」
結翔「今日だって、俺がバレそうになるときは決まってえまちゃんがフォローに入ってくれたでしょ?普段の学校生活だって、えまちゃんがいなかったらとっくにバレてるかもしれないし」
舌をペロッと出して、おどけたようにはにかむ結翔。
咲茉(わたしはただミナトくんのファンとして、ミナトくんのために動いているだけだから、褒められるようなことなんてなにもしてないのに)
星空を見上げる結翔。
結翔「俺、すっごくえまちゃんに感謝してる。いつも俺のことを守ってくれて、ありがとう」
星空をバックに結翔に微笑まれ、ぽっと頬が赤くなる咲茉。
咲茉「…そんなっ。わたしのほうこそ、こうして助けてくれてありがとう」
結翔「いいえ。これくらいお安い御用です」
そう言って、やさしく微笑む結翔。
進んでいくと、木と木の間から明かりが見える。
人の声も聞こえてくる。
結翔「あっ、戻ってきたみたいだね」
咲茉「ほんとだ!みんないる!」
咲茉を抱きかかえたまま、みんなのところへ向かう結翔。
クラスメイトたち「お!水瀬たちだ!」
クラスメイトたち「ほんとだ〜!」
ありさ「咲茉〜!…って、どうしたの!?」
結翔に抱きかかえられている咲茉を見つけ、駆け寄ってくるありさ。
咲茉「あっ、ありさ〜!」
ありさに手を振る咲茉。
ありさ「どうかしたの…!?大丈夫?」
咲茉「うん、大丈夫。ちょっと靴擦れしちゃっただけで」
ありさに続いて、ほかのクラスメイトたちも向こうのほうから駆け寄ってくる。
ありさ「なんだ、よかった〜。それよりも、水瀬くんすごいね!咲茉を軽々持ち上げちゃうなんて、まるで王子様みたい――」
と言いかけたありさが結翔の顔を見上げる。
今の結翔は、メガネを外して前髪をかき上げたままの状態。
変装を解いていたことをすっかりと忘れていた咲茉と結翔。
咲茉はすぐさま結翔にメガネをかけ、前髪をぐしゃぐしゃにして下ろす。
ありさ「…あれ?水瀬くん、メガネ外してたの?」
結翔「う…、うん」
ぎこちなく返事をする結翔。
咲茉(ま…まずい。もしかして、ありさにバレちゃった…!?)
冷や汗の流れる咲茉。
ありさ「そうなんだ〜!暗がりであんまりわからなかったけど、メガネ外してるほうがいいんじゃない?」
ペシペシと結翔の肩をたたくありさ。
ありさ「咲茉、靴擦れしてるなら医務室行こ。絆創膏もらえるんじゃないかな」
咲茉「そ、そうだね…!」
咲茉(…よかった〜!暗がりのおかげでバレてない)
咲茉は結翔に『バレてなくてよかったね』というふうにアイコンタクトを送る。
結翔はそれを見てうなずく。
ありさといっしょに医務室へと向かう咲茉。
◯前述の続き、バスの中(昼)
次の日。
林間学校2日目。
帰りのバスの中。
ありさ「咲茉〜!一番後ろに座ろうよ〜!」
咲茉「いいよー!」
帰りのバスに乗り込み、一番後ろの席へと向かう咲茉とありさ。
ありさと隣同士で座席に座る咲茉。
すると、ありさとは反対側の窓際の座席にすでに結翔が座っていた。
ありさ「あっ、水瀬くん。ここ、いっしょにいいかな?」
結翔「うん、気にしないで」
ありさ「ありがとー!」
窓際に荷物を置き、その隣にありさ、咲茉、結翔の順番に座っている。
ありさは、通路正面になる座席に座る。
咲茉と結翔は、前の2人掛けの座席の後ろに座るかたちとなっている。
ありさ「林間学校、楽しかったね」
咲茉「うん!」
クラス全員が乗り込み、走り出すバス。
おしゃべりをしたり、お菓子を食べたりと賑やかな車内。
ありさ「水瀬くん、これ食べる?」
結翔「ありがとう」
結翔は、ありさから手渡されたポッキーを受け取る。
咲茉「わたしのもよかったら。お礼ってわけじゃないけど…」
咲茉は結翔にグミが入った袋を差し出す。
結翔「…お礼?なんの?」
咲茉「肝試しで助けてくれたお礼。でも、こんなのじゃなくて、今度ちゃんとお礼するね…!」
はにかむ咲茉。
それを見て微笑みながら、咲茉からグミを受け取る結翔。
バスは途中、トイレ休憩のためサービスエリアに停車する。
担任「ここで20分の休憩を挟むから。時間に遅れないようにバスに戻ってくるように」
バスから外へ出ていくクラスメイトたち。
ありさ「咲茉、外行く?」
眠っていた咲茉に尋ねるありさ。
その声に反応して、咲茉は重いまぶたをゆっくりと開ける。
咲茉「…え…?もう学校着いたの…?」
ありさ「ううん、休憩だって。ごめん、起こしちゃったみたいだね」
咲茉「…あ、いいの…いいの」
ありさ「あたしは下りるけど、咲茉はどうする?」
咲茉「わたしは〜…、眠いから残ってるよ〜…」
ありさ「わかった!」
バスから下りていくありさ。
ほとんどのクラスメイトたちが下りていき、車内に残されているのは咲茉とその隣に座る結翔のみ。
咲茉「…ごめん、結翔くんも下りるよね…?わたし、邪魔だよね…」
結翔「ううん。俺は下りないから大丈夫」
咲茉「そう…?それなら、よかっ――」
あまりの眠気に、気を失うようにして眠る咲茉。
咲茉が倒れたところは、結翔の肩。
結翔の肩にもたれるようにして眠る咲茉。
結翔「昨日も今日も、俺の正体がバレないようにって気を張ってくれてたから疲れちゃったんだよね」
咲茉「…ううん〜…、そんなことぉ…」
意識があるのかないのかわからないような咲茉のつぶやく声が聞こえる。
結翔は、先程の咲茉とのやり取りを思い出す。
咲茉『わたしのもよかったら。お礼ってわけじゃないけど…』
結翔『…お礼?なんの?』
咲茉『肝試しで助けてくれたお礼。でも、こんなのじゃなくて、今度ちゃんとお礼するね…!』
思い出しながら、フッと笑う結翔。
結翔「お礼をするのは、俺のほうだよ」
そう言って、結翔はだれもいない車内で、隣で眠る咲茉の頬にそっとキスをする。
上半身裸のまま、咲茉に急接近する結翔。
結翔に迫られ、戸惑いと緊張で身動きのできない咲茉。
結翔「えまちゃん…」
結翔の顔が咲茉に近づく。
なにかを悟った咲茉はぎゅっと目をつむる。
結翔「湿布、貼ってほしいんだけど」
結翔の言葉に、目が点になってぽかんとする咲茉。
咲茉「え…?し…湿布?」
結翔「そう。背中に貼りたいんだけど、自分じゃうまくできなくて」
結翔は鏡を見ながら、背中に湿布を貼ろうとするジェスチャーをする。
咲茉は、学校の廊下で結翔にぶつかったときのことを思い出す。
咲茉『…いたたたたっ。ご…ごめんなさい、大丈夫ですか――』
結翔『俺こそ、よく見てなくてごめんね』
咲茉が押し倒すようなかたちで、結翔に覆いかぶさって倒れたことを思い出す。
咲茉「もしかして…!今日わたしがぶつかったときに背中を――」
結翔「気にしないで。ちょっと打っただけで、全然たいしたことないから」
咲茉「でもっ…」
責任を感じてうつむく咲茉。
咲茉(…どうしよう。A*STERのミナトくんにケガを負わせてしまうなんてっ…。推し失格だ…)
落ち込む咲茉。
そんな咲茉の頭をやさしくなでる結翔。
結翔「そんなつもりで言ったんじゃなかったんだけど…。逆に気を遣わせちゃったみたいで…ごめんね」
咲茉「…ううん。謝るのはわたしのほうで――」
結翔「本当にたいしたことないから、そんな顔しないで。えまちゃんは笑ってる顔が一番似合うから」
結翔は咲茉の両頬を指でつまんで無理やり笑わせる。
咲茉「ゆ…結翔くん、くすぐったいっ…」
結翔「よかった〜、笑ってくれて。じゃあ、これお願いしてもいいかな」
咲茉に湿布を差し出す結翔。
咲茉「う…うんっ」
ドキドキしながら、結翔の背中に湿布を貼る咲茉。
◯林間学校の森の中(朝)
それから1ヶ月後。
バスから降りる咲茉とありさ。
咲茉・ありさ「「着いたー!」」
1泊2日の林間学校へやってきた。
森の中に、宿泊施設のコテージがある。
班に分かれてお昼ごはんのカレー作りをする。
咲茉はありさと他数人の女の子といっしょの班。
ありさ「咲茉、すごーい!ピーラーがなくても皮むきできるんだ!」
ピーラーでじゃがいもの顔をむくありさたちの隣で、咲茉は包丁でニンジンの皮をむいている。
咲茉「たまにお母さんの料理の手伝いとかしてるから。でも、そんなにうまくないからほめないで…!」
謙遜しながら皮をむく咲茉。
すると、向こうのほうで声がする。
クラスメイトたち「…うおっ!すげぇ!」
クラスメイトたち「なんかちょっとかっこよく見えない!?」
クラスメイトたち「見える見える!ギャップにぐっとくるかも!」
そんな声が聞こえて顔を向ける咲茉。
そこには、結翔が滑らかな包丁さばきで玉ねぎを切っていた。
同じ班の男の子たちは、みんな玉ねぎにやられて涙を流している。
クラスメイトたち「水瀬くんって料理できるんだ!」
クラスメイトたち「めちゃくちゃ意外〜!」
女の子たちも結翔を見ている。
クラスメイトたち「水瀬、わりぃ…。オレたち…目がぁ」
結翔「大丈夫、しばらく休んでて。あとは俺がしておくから」
目がしみて開けられない同じ班の男の子たちを放っておいて、慣れた手つきで黙々とカレー作りをする結翔。
咲茉(ウチでもたびたび料理のお手伝いをしてくれる結翔くん。1人暮らしをしていたマンションでは毎日自炊をしていたらしいから、料理は得意なんだそう)
カレー作りをする結翔の姿を横目で眺める咲茉。
◯前述の続き、林間学校の森の中(昼)
ありさ「できた〜!」
咲茉とありさの班のテーブルの上には、おいしそうなカレーが盛られたお皿が並ぶ。
咲茉・ありさ「「いただきまーす!」」
班のメンバーと手を合わせる。
カレーをパクリとひと口。
ありさ「うん!おいしい!」
咲茉「そうだねっ」
しばらく食べ続けていたが、汗をかき始める咲茉たち。
ありさ「おいしいけど、…ちょっと辛くない?」
咲茉「ルウが中辛だったからね」
ありさ「あたし、家では甘口なんだよね」
クラスメイトたち「「ウチも〜!」」
中辛のカレールウのせいで、どの班も水を何杯も飲みながらカレーを食べている。
クラスメイトたち「うっまー!」
クラスメイトたち「なんか、ほどよく甘くてまろやか!」
そんな男の子たちの声が聞こえ、顔を向ける咲茉とありさ。
それは結翔の班から。
ありさ「今、甘いって言った?」
咲茉「でも、カレールウはどの班も同じだよね?」
顔を見合わせる咲茉とありさ。
結翔の班へ様子を見に行く。
他の班も様子を見にきていて、結翔の班のカレーを少しだけなめる。
クラスメイトたち「ほんとだ!甘くておしい!」
クラスメイトたち「でもどうして?ルウは中辛のはずじゃないのー?」
ざわつくクラスメイトたち。
クラスメイトたち「でもオレたちは、水瀬に言われたとおりにやってただけだしな?」
クラスメイトたち「ああ。味付けは全部水瀬がやってくれたから」
同じ班の男の子の視線が結翔へ向く。
結翔「ああ、それは隠し味にはちみつを入れたからだよ」
クラスメイトたち「「はちみつ?」」
結翔「家で作るときは、いつもはちみつを入れてるんだ。まろやかになるからおすすめだよ」
クラスメイトたち「だから、他の班よりも甘くてうまいのかー!」
その話を聞いていたありさが咲茉の肩をたたく。
ありさ「はちみつが隠し味だって!咲茉、試してみたことある?」
咲茉「ううん、初めて知った。今度やってみようかな」
すると、難しそうな顔をしながら顎に手をあてて考え込んでいるありさ。
ありさ「でもたしか、ミナトもカレーを作るときははちみつを入れるって…SNSに書いてたと思うんだよね」
咲茉「…えっ?」
ありさ「ほら!」
ありさは瞬時に、カレーの写真がアップされたミナトのSNSの投稿を咲茉に見せる。
【隠し味は、はちみつです!カレーを作るときは、いつも入れています】
そう書かれた投稿欄を見て、冷や汗の出る咲茉。
ありさ「ミナトと水瀬くん…。隠し味はどちらも同じ…はちみつ」
なにかを思ったのか、考え込んだポーズのまま結翔に視線を移すありさ。
心臓がバクバクしながら、ごくりとつばを呑む咲茉。
ありさ「もしかして――」
咲茉(ま…まさか、ありさにバレた…!?)
真剣な表情のありさ。
ありさ「もしかして…、はちみつが隠し味ってけっこう有名だったりするのかな」
咲茉「…へっ?」
思っていたことと違うありさの発言に、ぽかんとする咲茉。
ありさ「ママに言って、今度はちみつ入りのカレー作ってもらお〜っと♪」
結翔がミナトだとバレたかと思ったが、能天気なありさにほっと胸をなで下ろす咲茉。
咲茉(…よかった〜、バレてなくて。でも、いつどこでだれに気づかれるかわからないし、ここはミナトくん推しのわたしが、ミナトくんのためになんとかしないと!)
それからも、結翔の素顔がバレそうになるとすぐに駆けつける咲茉。
男の子たちが冗談で結翔のメガネを取ると、瞬時に取り返し結翔にかけされる。
咲茉のあまりの早業に、ぽかんと口を開けて驚く結翔。
結翔「あ…ありがとう、えまちゃん」
咲茉「これくらい当たり前だよ。だって、バレたら大変だしね」
常に周囲に目を光らせる咲茉。
まるでボディーガードのように結翔に貼りつく咲茉。
結翔「でもこれじゃあ、せっかくの林間学校なのにえまちゃんが楽しめないんじゃ…」
咲茉「わたしのことは気にしないでっ。結翔くんが楽しめたらそれでいいから!」
小声で結翔に話す咲茉。
咲茉(だって推しが楽しんでくれるなら、わたしだって楽しいし!)
周りから必死に守る咲茉を見て、結翔は笑みをこぼす。
◯前述の続き、林間学校の森の中(夜)
担任「それでは、くじ引きで同じ番号の男女がペアになってコースを一周して帰ってきます」
暗がりの中、懐中電灯を持った担任が生徒たちに説明する。
夜は、肝試しが催されている。
外に集められる生徒たち。
ありさ「この林間学校の一番の楽しみって言ったら、やっぱり肝試しだよね〜」
クラスメイトたち「ね〜♪ペアになった男子と付き合うことになったって話、先輩たちの中ではあるあるみたいだし!」
クラスメイトたち「早く始まらないかな〜♪」
ありさや他のクラスメイトの女の子たちはウキウキしている。
しかし、咲茉はありさの後ろで小さく震えている。
それに気づいたクラスメイトの女の子たち。
クラスメイトたち「あれ?咲茉ちゃん、そんなところでどうしたの?」
クラスメイトたち「もしかして、咲茉ちゃんって――」
ありさ「そう!咲茉って、おばけとか幽霊が大の苦手なんだよね」
ありさの言葉に、咲茉は何度も大きくうなずく。
青ざめた顔でガチガチと歯を震わせる。
クラスメイトたち「大丈夫だって〜!べつに1人で行くわけじゃないんだし」
クラスメイトたち「そうそう!ちゃんとペアになった男子が守ってくれるって!」
クラスメイトたち「でも、その男子によりけりだよね。自分よりも頼りなさそうな男子だったら…ちょっと、ね」
クラスメイトたち「…ん〜っと。たとえば、水瀬くんとか?」
地味な結翔を見て、クスクスと笑うクラスメイトたち。
クラスメイトたち「料理してる姿はかっこよく見えたけど、やっぱりちょっと頼りない感じはあるよね」
クラスメイトたち「本当に幽霊に出くわしちゃったら、その場で気絶しちゃいそうだしっ」
クラスメイトたち「「それ!わかる〜!」」
クラスメイトの女の子たちはケラケラと笑う。
そのあと、男女別で肝試しのくじ引きが行われる。
咲茉が引いた紙には【7】と書かれてあった。
その咲茉の紙をのぞき込むありさ。
ありさ「やったじゃん、咲茉!ラッキー7!」
咲茉「うん!」
ペアごとに、男女で順番に並んでいく。
担任「次、7番!」
咲茉「はい!」
並びにいく咲茉。
隣を見ると結翔がいた。
咲茉(ミ――!…じゃなくて)
咲茉「結翔くん…!」
結翔「もしかして、7番ってえまちゃん?」
咲茉「う…、うん!」
恥ずかしさで顔を赤くしながらうなずく咲茉。
咲茉(わたしが…ミナトくんといっしょに肝試し⁉ありがとう、神様…!!)
推しと肝試しをまわれることがうれしくて、咲茉は涙を流す。
その姿を見て、周りは小声で話す。
クラスメイトたち「見て…!咲茉ちゃん泣いてる。…かわいそう」
クラスメイト「仕方ないよね。だってペアが、幽霊に出くわしたら一番にやられそうな水瀬くんなんだもん」
咲茉に同情の視線を送るクラスメイトたち。
しかし、咲茉は結翔とまわれることがうれしかった。
順調に肝試しが進んでいく。
前のペアが出発して5分後。
担任「じゃあ、次。7番!」
結翔「はい」
咲茉「は…はい!」
緊張した面持ちの咲茉。
担任は結翔に懐中電灯を渡す。
結翔「じゃあ行こうか、えまちゃん」
咲茉「うん…!」
暗い森の中へと入っていく結翔と咲茉。
順調に進んで行くが、結翔がふとペースダウンした咲茉に気づいて振り返る。
結翔「えまちゃん、どうかした?」
咲茉「う…ううん、なんでもないの…」
駆け寄る結翔。
咲茉の体が小刻みに震えていることに気づく。
結翔「…もしかして、えまちゃんってこういうの苦手?」
結翔の問いに、ぎこちなくうなずく咲茉。
結翔「それなら早く言ってくれたらよかったのに」
そう言って、咲茉の手を握る結翔。
推しに手を繋がれ、驚いて顔を真っ赤にする咲茉。
咲茉「ゆっ…、結翔くん――」
結翔「こうしたら大丈夫でしょ?みんなのところへ戻るまで離さないから安心して」
結翔に手を繋がれながら歩き出す咲茉。
咲茉(みんなところへ戻るまで離さないって言ったって、もしだれかに見られでもしたらっ…)
そのことが頭によぎる咲茉。
咲茉は見られたらいけないとわかっていても、憧れの推しに手を繋がれたまま顔を赤らめる。
歩いている途中で、ふと上を向く咲茉。
咲茉「うわぁー、きれい…!」
咲茉が見上げる空には、無数の星が輝いていた。
結翔もつられて顔を上げる。
結翔「…ほんとだ!こっちのほうが空気がきれいだからか、よく見えるね」
星空を見上げる咲茉と結翔。
すると、結翔が咲茉の隣でごそごそし始める。
不思議そうに見つめる咲茉。
結翔は変装の伊達メガネを外し、鬱陶しい前髪をかき上げて空を見上げる。
変装を解いた結翔に慌てる咲茉。
咲茉「…結翔くん!さすがにその格好はマズイんじゃ――」
結翔「大丈夫だって。今ここにいるのは、俺とえまちゃんだけだから。それにもし後ろのペアがきたとしても、暗がりですぐには気づかれないよ」
余裕そうにウインクしてみせる結翔。
結翔「せっかくのきれいな星空なんだ。メガネのレンズ越しじゃなくて、直接自分の目で見てみたいし」
ニッと笑ってみせる結翔。
ミナトそのものの笑った表情にドキッとする咲茉。
星空を堪能した咲茉と結翔は、また肝試しのコースを手を繋ぎながら歩き出す。
すると突然、咲茉がしゃがみ込んでしまう。
結翔「…どうしたの、咲茉ちゃん!?」
咲茉「う…うん。たいしたことじゃないんだけど…」
そう言いながら、右の足首に視線を移す咲茉。
結翔が懐中電灯で照らすと、咲茉の右の足首に血がにじんでいた。
咲茉「ちょっと…靴擦れしちゃったみたい」
結翔「…靴擦れ!?履き慣れた靴じゃなかったの?」
咲茉「…うん。お昼からの川遊びで靴を濡らしちゃって、かわりに学校用の替えの靴を貸してもらったんだけど…サイズが合わなくて」
血がにじむ靴擦れの部分を見つめながら、眉を落とす結翔。
咲茉「でも、こんなところで立ち止まってる時間なんてないよね。行こっか」
そう言って立ち上がろうとする咲茉。
しかしすぐに足首に痛みが走って崩れ落ちる咲茉。
結翔「無理しないで。余計にひどくなるよ」
咲茉「だけど…」
すると、咲茉の前に背中を向けてしゃがみ込む結翔。
それを見て、キョトンと首をかしげる咲茉。
結翔「俺がおんぶするよ」
咲茉「…えっ!?」
結翔「足、痛いんでしょ?」
咲茉「でもっ…!わたし…、重いから!いいよ、いいよ…!」
手をブンブンと横に振る咲茉。
咲茉が必死に断ると、結翔がふと立ち上がる。
結翔「そっか、わかった」
咲茉(よかった〜…。推しにおんぶさせるなんて、さすがにそんなことさせられない)
と咲茉が思っていると、咲茉の体がふわりと宙に浮く。
驚いて顔を上げると、目の前には結翔の顔。
咲茉「…えっ。…えっ!?」
慌てる咲茉。
結翔「おんぶがダメなら、これならいいでしょ?」
やさしく微笑む結翔。
ようやく状況を理解する咲茉。
咲茉は結翔にお姫さま抱っこされていた。
咲茉「お…下ろして、結翔くん!ほんと…わたし、…重いから!」
結翔「どこが重いの。むしろ軽すぎて心配になるくらい」
結翔は軽々と咲茉を抱っこしながら歩き出す。
結翔「落としたら大変だから、じっとしててね」
結翔に見つめられ、抱きかかえられる咲茉。
咲茉「う…、うんっ」
恥ずかしさとうれしさで、顔を赤らめながらうつむく。
咲茉(…どうしよう。推しにお姫さま抱っこされるなんて、感激しすぎて…死にそう)
咲茉を抱えながら、肝試しのコースを歩く結翔。
結翔「それにしても、どうして言ってくれなかったの?本当は、ずっと足が痛かったんじゃないの?」
結翔の言葉に口をつむぐ咲茉。
本当は、肝試し前から靴擦れしかけていた。
咲茉「…結翔くん、前々からこの肝試しを楽しみにしてたのは知ってたから。ペアのわたしが足が痛いなんて言って、迷惑かけたくなかったから言い出せなくて…」
咲茉(結局、こうして迷惑をかけてしまっているけど…)
咲茉の話を聞いた結翔から小さなため息がもれる。
結翔「も〜、そんなことで無理しなくたっていいのに。ただでさえ、俺のこと気遣ってくれてるのに」
咲茉「べつにわたし、そんなたいしたことは――」
結翔「今日だって、俺がバレそうになるときは決まってえまちゃんがフォローに入ってくれたでしょ?普段の学校生活だって、えまちゃんがいなかったらとっくにバレてるかもしれないし」
舌をペロッと出して、おどけたようにはにかむ結翔。
咲茉(わたしはただミナトくんのファンとして、ミナトくんのために動いているだけだから、褒められるようなことなんてなにもしてないのに)
星空を見上げる結翔。
結翔「俺、すっごくえまちゃんに感謝してる。いつも俺のことを守ってくれて、ありがとう」
星空をバックに結翔に微笑まれ、ぽっと頬が赤くなる咲茉。
咲茉「…そんなっ。わたしのほうこそ、こうして助けてくれてありがとう」
結翔「いいえ。これくらいお安い御用です」
そう言って、やさしく微笑む結翔。
進んでいくと、木と木の間から明かりが見える。
人の声も聞こえてくる。
結翔「あっ、戻ってきたみたいだね」
咲茉「ほんとだ!みんないる!」
咲茉を抱きかかえたまま、みんなのところへ向かう結翔。
クラスメイトたち「お!水瀬たちだ!」
クラスメイトたち「ほんとだ〜!」
ありさ「咲茉〜!…って、どうしたの!?」
結翔に抱きかかえられている咲茉を見つけ、駆け寄ってくるありさ。
咲茉「あっ、ありさ〜!」
ありさに手を振る咲茉。
ありさ「どうかしたの…!?大丈夫?」
咲茉「うん、大丈夫。ちょっと靴擦れしちゃっただけで」
ありさに続いて、ほかのクラスメイトたちも向こうのほうから駆け寄ってくる。
ありさ「なんだ、よかった〜。それよりも、水瀬くんすごいね!咲茉を軽々持ち上げちゃうなんて、まるで王子様みたい――」
と言いかけたありさが結翔の顔を見上げる。
今の結翔は、メガネを外して前髪をかき上げたままの状態。
変装を解いていたことをすっかりと忘れていた咲茉と結翔。
咲茉はすぐさま結翔にメガネをかけ、前髪をぐしゃぐしゃにして下ろす。
ありさ「…あれ?水瀬くん、メガネ外してたの?」
結翔「う…、うん」
ぎこちなく返事をする結翔。
咲茉(ま…まずい。もしかして、ありさにバレちゃった…!?)
冷や汗の流れる咲茉。
ありさ「そうなんだ〜!暗がりであんまりわからなかったけど、メガネ外してるほうがいいんじゃない?」
ペシペシと結翔の肩をたたくありさ。
ありさ「咲茉、靴擦れしてるなら医務室行こ。絆創膏もらえるんじゃないかな」
咲茉「そ、そうだね…!」
咲茉(…よかった〜!暗がりのおかげでバレてない)
咲茉は結翔に『バレてなくてよかったね』というふうにアイコンタクトを送る。
結翔はそれを見てうなずく。
ありさといっしょに医務室へと向かう咲茉。
◯前述の続き、バスの中(昼)
次の日。
林間学校2日目。
帰りのバスの中。
ありさ「咲茉〜!一番後ろに座ろうよ〜!」
咲茉「いいよー!」
帰りのバスに乗り込み、一番後ろの席へと向かう咲茉とありさ。
ありさと隣同士で座席に座る咲茉。
すると、ありさとは反対側の窓際の座席にすでに結翔が座っていた。
ありさ「あっ、水瀬くん。ここ、いっしょにいいかな?」
結翔「うん、気にしないで」
ありさ「ありがとー!」
窓際に荷物を置き、その隣にありさ、咲茉、結翔の順番に座っている。
ありさは、通路正面になる座席に座る。
咲茉と結翔は、前の2人掛けの座席の後ろに座るかたちとなっている。
ありさ「林間学校、楽しかったね」
咲茉「うん!」
クラス全員が乗り込み、走り出すバス。
おしゃべりをしたり、お菓子を食べたりと賑やかな車内。
ありさ「水瀬くん、これ食べる?」
結翔「ありがとう」
結翔は、ありさから手渡されたポッキーを受け取る。
咲茉「わたしのもよかったら。お礼ってわけじゃないけど…」
咲茉は結翔にグミが入った袋を差し出す。
結翔「…お礼?なんの?」
咲茉「肝試しで助けてくれたお礼。でも、こんなのじゃなくて、今度ちゃんとお礼するね…!」
はにかむ咲茉。
それを見て微笑みながら、咲茉からグミを受け取る結翔。
バスは途中、トイレ休憩のためサービスエリアに停車する。
担任「ここで20分の休憩を挟むから。時間に遅れないようにバスに戻ってくるように」
バスから外へ出ていくクラスメイトたち。
ありさ「咲茉、外行く?」
眠っていた咲茉に尋ねるありさ。
その声に反応して、咲茉は重いまぶたをゆっくりと開ける。
咲茉「…え…?もう学校着いたの…?」
ありさ「ううん、休憩だって。ごめん、起こしちゃったみたいだね」
咲茉「…あ、いいの…いいの」
ありさ「あたしは下りるけど、咲茉はどうする?」
咲茉「わたしは〜…、眠いから残ってるよ〜…」
ありさ「わかった!」
バスから下りていくありさ。
ほとんどのクラスメイトたちが下りていき、車内に残されているのは咲茉とその隣に座る結翔のみ。
咲茉「…ごめん、結翔くんも下りるよね…?わたし、邪魔だよね…」
結翔「ううん。俺は下りないから大丈夫」
咲茉「そう…?それなら、よかっ――」
あまりの眠気に、気を失うようにして眠る咲茉。
咲茉が倒れたところは、結翔の肩。
結翔の肩にもたれるようにして眠る咲茉。
結翔「昨日も今日も、俺の正体がバレないようにって気を張ってくれてたから疲れちゃったんだよね」
咲茉「…ううん〜…、そんなことぉ…」
意識があるのかないのかわからないような咲茉のつぶやく声が聞こえる。
結翔は、先程の咲茉とのやり取りを思い出す。
咲茉『わたしのもよかったら。お礼ってわけじゃないけど…』
結翔『…お礼?なんの?』
咲茉『肝試しで助けてくれたお礼。でも、こんなのじゃなくて、今度ちゃんとお礼するね…!』
思い出しながら、フッと笑う結翔。
結翔「お礼をするのは、俺のほうだよ」
そう言って、結翔はだれもいない車内で、隣で眠る咲茉の頬にそっとキスをする。