結婚前夜に殺されて人生8回目、今世は王太子の執着溺愛ルートに入りました!?~没落回避したいドン底令嬢が最愛妃になるまで~
「こちらが食堂となります。既にノア様は到着されているようなので、あとはふたりでごゆるりとお楽しみくださいませ」
ベティは私を食堂まで案内すると、他の人に気づかれないよう私にこっそりウインクを飛ばして深くお辞儀をする。
……安心してベティ! さっと食事だけして、ベティと仲直りしたことを話したらすぐ部屋に帰るから!
ベティの後頭部に向けて心の中から語り掛けると、私はノア様の待つ食堂へ続く扉を開けた。
ノア様は私の姿を見て身体をびくりと反応させると、いつものような冷静な顔でお茶を飲み始める。……驚かせたかな?
「お待たせしましたノア様。今日からその、改めてよろしくお願いしますね」
「……ああ」
あれ。なんだかパーティーの時よりそっけない気が。カップから立つ湯気ばかり見つめて、私のことを全然見てくれないし……。どうしよう。このままでは、今日の夜もノア様からの襲撃を受ける事態に発展するのでは!?
「それにしても、久しぶりだな、エルザ」
「はい。お仕事は落ち着きましたか?」
「ああ。ついさっき終わらせた」
そんな直前まで仕事をしていたなんて、さぞかしたいへんだったろう。そんな忙しい時期に結婚の儀を一秒でも早く行おうとしたのには、やはりベティが関係しているのだろうか。パーティーで令嬢たちが、ノア様がそろそろ本気で結婚を考えなければベティを解雇するみたいな話が出ていると言っていたものね。
「王宮へ着いてから、君は晩餐までなにをしていたんだ?」
「私は特に――あっ、そういえば、お部屋がとっても素敵でした! 意図的ではないとわかっておりますが、とっても私好みのお部屋で。それと、部屋に大きなテディベアのぬいぐるみがあったんです! 私、ぬいぐるみを抱き枕代わりにして寝るのが好きで……」
「……へぇ。そうなんだな」
興味なさそうにノア様は言うと、それ以上会話を広げようとしなかった。多分、私の話なんて興味がないのだろう。それに、もう十八歳というのに大きなぬいぐるみを抱いて眠るなんて――普通に引かれたかもしれない。
気まずい空気が流れる食堂に、次々と料理が運ばれてくる。見たことも聞いたこともない名前の料理をナイフとフォークを使って切り分けながら、私はアルベルト様が部屋に来たことを思い出し、ノア様に話すことにした。
「あと、アルベルト様が私の部屋に挨拶をしにきてくれました」
そう言うと、ノア様が切り分けた肉を口に運ぶ寸前でぴたりと手を止める。そこまで運んだのなら、いっそ食べてほしいのだが。
「アルベルト? あいつとなにを?」
ノア様は完全にフォークとナイフを置き、腕を組んで私をじっと睨んでくる。こ、怖い。ここは刑務所かなにかかしら。目の前の食事が、結婚前夜というのも相まって急に最後の晩餐に見えてきた。
「これから王宮で顔を合わせるだろうから仲良くしましょうっていう、軽い挨拶ですよ」
「……まぁ、たしかにあいつは王宮を頻繁に出入りするからな。挨拶しただけっていうなら、別段おかしな話ではないか」
「あ! でも、手の甲にキスをされた時は驚いちゃいました! 私、あんまり男性にそういったことをされた経験がないので。アルベルト様ってキザなんですね――」
カシャーン。
笑って話している途中で、ノア様のフォークが床へと落ちて音を立てる。ノア様の肘があたってしまったようだ。
すぐさま使用人がそれを拾い、新しいフォークを持ってくる。だけどもその間も、ノア様は稲妻に打たれたような顔をしたまま微動だにしない。
「アルベルトが、君に、キスを?」
ひとつひとつの単語を強調するようにして、ノア様は私に確認した。威圧感があって、空気はひどくピリついている。
「え、ええと、手の甲です! 軽く唇が触れただけです!」
「唇が……触れた……」
今度は生気を失われたように項垂れるノア様を見て、私は地雷を踏んだと気づいた。
ノア様とアルベルト様は親友だ。ノア様からすると、まず私がアルベルト様をキザだなんて笑ったことが許せなかったのかも。それに、建前では私はノア様の妻となるのだ。ほかの男性に、たとえ手の甲といってもキスされたなんて話をこんなに軽くへらへらと話すのは、どう考えても品位に欠ける行為だった。
ノア様がわなわなと震えるのもおかしくはない。私の馬鹿! なんでよりによってこんな大事な日にミスを犯すのよ!
「ごめんなさいノア様、今後は気を付けます。きちんと、ノア様の妻としての自覚を持って行動いたします……!」
「……っ! あ、ああ。そうしてくれ。君は、俺の妻になるのだから」
「はい。私はノア様の妻です。それを決して忘れないようにします。……今回の軽率な行動については、許していただけますか?」
眉を下げて肩をすくめ、じぃっとノア様を遠慮がちに見つめると、ノア様は「……仕方ないな」と言って許してくれた。でも、顔はすぐにふいっと逸らされてしまった。
「ほかに誰かと話してはいないか?」
食事を再開し、ノア様は疑り深く聞いてくる。
「ここに来るまでの道のりをベティが案内してくれましたので……彼女とは話す時間がありました。あの、ノア様。ご存知かと思いますが、私とベティは昔からの知り合いなんです」
先に言っておこうと思い、ノア様に口を挟ませる前に事実を告げておく。
「もちろん知っている。君と同じ孤児院出身、だったな。大体、ベティーナを王宮侍女として引き取ったのは俺だ」
「えっ! そうだったのですか!?」
「あ、いや……話すつもりはなかったんだが、俺としたことが……」
うっかり口をついてしまったらしい。
……ん? じゃあ、ノア様はどこかでベティを見かけて、ベティと一緒にいたくてわざわざ王宮侍女に指名したということ!?
私はてっきり、ふたりは王宮で出逢い恋に落ちたのだとばかり思っていたが、それよりずっと前からなんだ。
それを聞いて、私はノア様の一途さに深く感動する。私を何度も殺した相手にこんな感情を抱くのはおかしな話かもしれないが、ノア様はそれだけ――。
「本当に好きだったんですね」
ベティのことを。
ほかの人にも聞かれるから、敢えて名前は声に出さないが。
「……」
ノア様は俯いて、ほのかに頬を赤らめた。その照れ方が幼い頃と変わっておらず、私は右手を口元に添えてひそかにくすりと笑った。
ベティは私を食堂まで案内すると、他の人に気づかれないよう私にこっそりウインクを飛ばして深くお辞儀をする。
……安心してベティ! さっと食事だけして、ベティと仲直りしたことを話したらすぐ部屋に帰るから!
ベティの後頭部に向けて心の中から語り掛けると、私はノア様の待つ食堂へ続く扉を開けた。
ノア様は私の姿を見て身体をびくりと反応させると、いつものような冷静な顔でお茶を飲み始める。……驚かせたかな?
「お待たせしましたノア様。今日からその、改めてよろしくお願いしますね」
「……ああ」
あれ。なんだかパーティーの時よりそっけない気が。カップから立つ湯気ばかり見つめて、私のことを全然見てくれないし……。どうしよう。このままでは、今日の夜もノア様からの襲撃を受ける事態に発展するのでは!?
「それにしても、久しぶりだな、エルザ」
「はい。お仕事は落ち着きましたか?」
「ああ。ついさっき終わらせた」
そんな直前まで仕事をしていたなんて、さぞかしたいへんだったろう。そんな忙しい時期に結婚の儀を一秒でも早く行おうとしたのには、やはりベティが関係しているのだろうか。パーティーで令嬢たちが、ノア様がそろそろ本気で結婚を考えなければベティを解雇するみたいな話が出ていると言っていたものね。
「王宮へ着いてから、君は晩餐までなにをしていたんだ?」
「私は特に――あっ、そういえば、お部屋がとっても素敵でした! 意図的ではないとわかっておりますが、とっても私好みのお部屋で。それと、部屋に大きなテディベアのぬいぐるみがあったんです! 私、ぬいぐるみを抱き枕代わりにして寝るのが好きで……」
「……へぇ。そうなんだな」
興味なさそうにノア様は言うと、それ以上会話を広げようとしなかった。多分、私の話なんて興味がないのだろう。それに、もう十八歳というのに大きなぬいぐるみを抱いて眠るなんて――普通に引かれたかもしれない。
気まずい空気が流れる食堂に、次々と料理が運ばれてくる。見たことも聞いたこともない名前の料理をナイフとフォークを使って切り分けながら、私はアルベルト様が部屋に来たことを思い出し、ノア様に話すことにした。
「あと、アルベルト様が私の部屋に挨拶をしにきてくれました」
そう言うと、ノア様が切り分けた肉を口に運ぶ寸前でぴたりと手を止める。そこまで運んだのなら、いっそ食べてほしいのだが。
「アルベルト? あいつとなにを?」
ノア様は完全にフォークとナイフを置き、腕を組んで私をじっと睨んでくる。こ、怖い。ここは刑務所かなにかかしら。目の前の食事が、結婚前夜というのも相まって急に最後の晩餐に見えてきた。
「これから王宮で顔を合わせるだろうから仲良くしましょうっていう、軽い挨拶ですよ」
「……まぁ、たしかにあいつは王宮を頻繁に出入りするからな。挨拶しただけっていうなら、別段おかしな話ではないか」
「あ! でも、手の甲にキスをされた時は驚いちゃいました! 私、あんまり男性にそういったことをされた経験がないので。アルベルト様ってキザなんですね――」
カシャーン。
笑って話している途中で、ノア様のフォークが床へと落ちて音を立てる。ノア様の肘があたってしまったようだ。
すぐさま使用人がそれを拾い、新しいフォークを持ってくる。だけどもその間も、ノア様は稲妻に打たれたような顔をしたまま微動だにしない。
「アルベルトが、君に、キスを?」
ひとつひとつの単語を強調するようにして、ノア様は私に確認した。威圧感があって、空気はひどくピリついている。
「え、ええと、手の甲です! 軽く唇が触れただけです!」
「唇が……触れた……」
今度は生気を失われたように項垂れるノア様を見て、私は地雷を踏んだと気づいた。
ノア様とアルベルト様は親友だ。ノア様からすると、まず私がアルベルト様をキザだなんて笑ったことが許せなかったのかも。それに、建前では私はノア様の妻となるのだ。ほかの男性に、たとえ手の甲といってもキスされたなんて話をこんなに軽くへらへらと話すのは、どう考えても品位に欠ける行為だった。
ノア様がわなわなと震えるのもおかしくはない。私の馬鹿! なんでよりによってこんな大事な日にミスを犯すのよ!
「ごめんなさいノア様、今後は気を付けます。きちんと、ノア様の妻としての自覚を持って行動いたします……!」
「……っ! あ、ああ。そうしてくれ。君は、俺の妻になるのだから」
「はい。私はノア様の妻です。それを決して忘れないようにします。……今回の軽率な行動については、許していただけますか?」
眉を下げて肩をすくめ、じぃっとノア様を遠慮がちに見つめると、ノア様は「……仕方ないな」と言って許してくれた。でも、顔はすぐにふいっと逸らされてしまった。
「ほかに誰かと話してはいないか?」
食事を再開し、ノア様は疑り深く聞いてくる。
「ここに来るまでの道のりをベティが案内してくれましたので……彼女とは話す時間がありました。あの、ノア様。ご存知かと思いますが、私とベティは昔からの知り合いなんです」
先に言っておこうと思い、ノア様に口を挟ませる前に事実を告げておく。
「もちろん知っている。君と同じ孤児院出身、だったな。大体、ベティーナを王宮侍女として引き取ったのは俺だ」
「えっ! そうだったのですか!?」
「あ、いや……話すつもりはなかったんだが、俺としたことが……」
うっかり口をついてしまったらしい。
……ん? じゃあ、ノア様はどこかでベティを見かけて、ベティと一緒にいたくてわざわざ王宮侍女に指名したということ!?
私はてっきり、ふたりは王宮で出逢い恋に落ちたのだとばかり思っていたが、それよりずっと前からなんだ。
それを聞いて、私はノア様の一途さに深く感動する。私を何度も殺した相手にこんな感情を抱くのはおかしな話かもしれないが、ノア様はそれだけ――。
「本当に好きだったんですね」
ベティのことを。
ほかの人にも聞かれるから、敢えて名前は声に出さないが。
「……」
ノア様は俯いて、ほのかに頬を赤らめた。その照れ方が幼い頃と変わっておらず、私は右手を口元に添えてひそかにくすりと笑った。