結婚前夜に殺されて人生8回目、今世は王太子の執着溺愛ルートに入りました!?~没落回避したいドン底令嬢が最愛妃になるまで~
「……なにが起きているんだ」
 エルザとの晩餐後、俺は自室で力なく倒れ込んだ。俺の部屋で飼っている愛犬のリックがその衝撃で飛び起き、嫌な空気を察してかそそくさと部屋の奥へ姿を消す。
 そしてちょうど部屋でベッドメイキングをしていたベティーナが、ぎょっとした顔で俺の身体をすぐさま抱き起こしにきた。
「なにしてるんですか! 王子が床に寝るなんてみっともない!」
「放っておいてくれ……」
「仕事でなければ放っておきますよ! それに、こんな姿見られたらエルザに嫌われちゃいますよ? いいんですか?」
 ベティーナは俺を無理矢理整えたばかりのベッドに座らせると、腰に手を当てて上からガミガミと文句を言ってきた。相変わらず、母上よりもうるさい女だ。
「……エルザ……」
 名前を聞くとついさっきエルザに言われた言葉を思い出し、また全身の力が吸い取られるように抜けていく。
『だって、ノア様はベティを愛しているのでしょう? だから私のことは気にしないでください。ふたりのこと、誰よりも応援していますからね!』
あんなにかわいい笑顔から、そんな言葉は聞きたくなかった。まずい……胃もキリキリしてきたぞ。この症状の原因が、食べたばかりの晩餐でないことはわかっている。
「? どうしたんですか。まさか晩餐でも緊張して話せなかったんですか?」
「違う……おいベティーナ。お前、エルザになにか変なことは言ってないか?」
「変なこと? ……たとえば、どういうことでしょう?」
「たとえば……俺がお前を好きだとか、俺たちは愛し合っているとか」
 言った途端、ベティーナは自分の身体を抱きしめるようにして震えながら後ずさった。俺自身も自分で言って、全身の毛がぞわぞわと逆立つのを感じている。
「なっ……! やめてください! そんなこと言うわけありません!」
「じゃあ、なぜエルザは俺がベティーナを好きだと思ってるんだ?」
「は……それ、エルザに言われたのですか」
「ああ。ついさっき、満面の笑みでお前との仲を応援された」
 ベティーナの顔がさーっと青ざめていく。人の顔がこんなにも曇る瞬間を、俺は初めて目撃した。
「どうしてそうなるんですか! ノア様なんて、気持ち悪いほどエルザに一途な男なのに!」
「おい、不敬罪で訴えるぞ」
「……あっ。そういえば」
 俺の忠告も無視して、ベティーナはなにか思い出したようにはっとした顔をする。
「ノア様、貴族たちのあいだで変な噂が流れていることは知っていますか?」
「噂?」
「はい。私たちが恋仲にあるというものです。理由は、私とノア様があまりにも一緒に行動し、ふたりでこそこそしているからだとか」
 俺とベティーナが一緒にいたのは、ベティーナだけが唯一、俺のエルザに対する気持ちを知っていたからだ。俺はエルザに関する話……いわゆる、恋愛の話はすべてベティーナに相談していた。彼女はひどく鬱陶しがっていたが、これも専属侍女の仕事だと言い毎日のように俺の話に付き合わせていた。
「こそこそしていたのは、ノア様の異常な恋心を周囲に気づかれないようにしただけですのに。まさか怪しまれる要因になるなんて」
「うるさい。誰が異常だ。純粋な恋……いや、愛だ」
 俺が言いなおすと、ベティーナはあからさまに嫌そうな顔を表に出す。王族にたいしてこんな態度をとるのは、もはや彼女くらいなものだろう。生まれながらの貴族ではない部分が、こういったところで露呈してくる。
それでも、正直になんでも言いなんでも顔に出る彼女のほうが、腹の内になにかを隠していそうなほかの使用人たちより、よほど信頼できるのも事実だった。
「それにしても、俺たちが恋愛関係にあるって噂が、そんなに周囲から信憑性を持たれていたのか……それでエルザも勘違いを」
「ノア様と噂が立つなんて迷惑です! やめてください!」
「俺だって迷惑だ!」
 おもわず立ち上がり、俺はベティーナと睨み合う。しかし、俺たちが喧嘩したところで事態はなにも変わらない。無駄な体力を浪費するだけだ。
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