結婚前夜に殺されて人生8回目、今世は王太子の執着溺愛ルートに入りました!?~没落回避したいドン底令嬢が最愛妃になるまで~
念願の結婚……だけどどこかおかしい
食堂から部屋へ戻り、入浴や着替えを済ませると、私は部屋の中をひとりで歩き回った。
窓から見える夜空は、前回の結婚前夜とは違い、無数の星が浮かんでいる。まるで星たちが、明日の結婚を祝福してくれているかのようだ。
星を見上げて足を止め、しばらく時間が経つとまたうろうろと同じところを周り続ける。そんな私の行動は、傍から見れば奇妙といえるだろう。だが、じっとしていられる心の余裕がない。
そう――今日は結婚前夜。
私が生きるか死ぬかは、毎回この日にかかっている。これまでノア様以外の男性との結婚を控えた夜は、記憶がある限りすべてノア様に殺されてきた。気づけば剣の切っ先が身体に刺さり、不思議と痛みは感じずに、それでも温かな血が身体の周りに広がっていく気持ちの悪い感覚を、私は忘れることはない。
「四回目では侍女に一緒に寝てもらって――五回目は部屋にいなかったけど見つかったのよね……」
誰かと寝ようが、起きて動き回ろうが、ノア様は私を決して逃がしてはくれなかった。それならいっそ、初心に戻って部屋でおとなしく眠っていよう。そう思ったのが、つい最近のループでのこと。
「でも……結局ダメだったのよね」
きっと結婚前夜までにとある条件を満たさなければ、どんな場合でもノア様はやって来る。私はやっとその事実に気づいた。
「その条件っていうのがわからないから、厄介なんだけど」
ところどころひとりごとを呟いて、私は肩を落とす。
しかし、今回は今までとはまったく違う方向を進んでここまできた。ノア様に恨まれないよう行動したし、ノア様とベティのことを想ってノア様と結婚するなんて大胆な行動に出た。……自分が生きられるようにって気持ちも、当然そこにあるけれど。
「だから、今回は大丈夫! だと思う。うん」
鏡を覗き込み、そこに映る自分に向かって話しかける。言葉ではそう言いながらも、表情はどこか不安げだった。でも、ここまで来たら信じるしかない。
気がかりがあるとしたら――食堂で、最後にノア様を怒らせてしまったことかしら。失望したようなあの表情が、まだしっかりと脳裏に刻まれている。
いい感じだったのにあんな場面でヘマをするなんて、なんてまぬけなのか。だが、反省したとて時は戻らない。いや、実際に時が戻る体験はしているのだが、私が言いたいのは好きな時に好きな場面に戻ることは不可能ということだ。
あれこれ考えているうちに、あっという間に時間が過ぎていく。自分を殺してきた相手と同じ屋根の下でこの日を迎えるなんて自殺行為のようなものだが、そんな状況下でも人の身体というのは素直なもので、自然と瞼が重くなってきた。
……最初の頃は目がさえて眠気もこなかったのに。慣れって怖いなぁ。
今回もダメだったら、また対策を練らなくてはならない。どんな結末を迎えても、私のできることはこれからもやりつくそう。
しばらくベッドの上に座っていた私だったが、気づけば身体は自然と横になり、視界は真っ暗に染まっていた。
……どうかノア様が来ませんように。夜の真っ暗闇みたいな目をした、悲しい顔のノア様を、今回は見ずに終われますように。そして――。
「結婚、できますように……」
無事に結婚式を挙げて、その先にある家族の笑顔を、これからそばで見守っていられますように。
寝言のように呟くと、私の意識はそこで途切れた。
目が覚める。
身体のどこも痛くない。外からは鳥のかわいらしい鳴き声が聞こえ、空は快晴。なんとも気持ちよく、清々しい朝だ。
「はぁ~……これで八回目……ん?」
何度も見た朝の光景――と思っていると、私は違和感に気が付く。いつもループ後に見る天井と、今自分の目に映る天井が違ったのだ。
「……えっ!? 私……ループしてない!?」
全身を自分の手でべたべたと触って、生きていることを確認する。そういえば、昨夜ノア様に襲われた記憶がない。いつも殺される時の記憶があるのに。
「……私、生きてるんだ」
達成感と感動に包まれながら、上半身を起こし両掌をじっと見つめる。
もう同じ朝食を食べて、同じ会話をして、パーティーで婚活する必要もない。私はループ地獄から抜け出したのだから。
「やったわーっ!」
思い切り万歳をして歓喜の声を上げる。
「エルザ様、お目覚めでしょうか――し、失礼しました!」
……同時に侍女が私の部屋を訪ねてきて、変な目で見られてしまった。私は改めて侍女を部屋に招き入れ、身支度の準備を手伝ってもらう。
「本日は午後から結婚の儀がありますので、朝食後はエルザ様をわたくしどもで完璧にドレスアップさせていただきます」
髪を梳かしながら侍女が言う。ついに結婚が目前に迫っていることを実感し、私はひとり喜びを噛みしめる。
初めてのメニューの朝食を食べ、初めての会話をし、私は結婚の儀の準備をすることとなった。ノア様とは、結婚の儀で今日初めて顔を合わせることになりそうだ。初めての連続で、胸がドキドキわくわくと弾んでいる。
止まっていたはずの私の人生の時計の針が、やっと新たな時を刻み出したのだ。不安よりも、今日この日を迎えられた喜びのほうが何倍も大きい。三度目の正直ならぬ、八度目の正直というやつだろうか。
でも、どうしてループを抜け出せたのかしら?
朝食後、侍女数名に全身を隅々まで洗われながら、私は目を閉じて考える。
やっぱり、ノア様との結婚がキーになっていたりする? 今回私がとった行動の中にループを抜け出す条件があったとしたら、それしか思いつかない。
ノア様とベティを見捨てずに、ふたりが一緒にいられる未来になるよう仕向けた。それが、私が死なないでいられた大きな要因……ってところか。
「とっても美しいです! エルザ様!」
うーんと頭を捻らせているうちに、あっという間に準備は終わっていた。
「えっ! もう終わったの!?」
本来、こういった大きなイベントの準備中に考え事をしている人はほぼいないだろう。せっかく綺麗に着飾ってもらったのだから、もっとその過程を楽しめばよかったといまさら後悔する。
「はい。なにか気になるところはございますか?」
姿見に映る私は、まるでいつもの私とは別人のようだった。
ドレスは以前、王家が用意してくれたものをいくつか試着して決めた。その中でいちばん気に入ったのが、この純白のウエディングドレス。すっきりした形のĄラインドレスは、胸元に花模様の刺繍が刺繍があしらわれて上品な印象を与えてくれる。肩や鎖骨ががっつりと出るのは恥ずかしいが、変に隠すよりもこっちのほうが全体的にバランスがよく、勇気を出して挑戦してみた。
髪型も後れ毛を少し出して、あとは綺麗にアップヘアにまとめてくれている。ふわふわと巻かれた髪にはダイヤモンドが使われたヘッドバンドが添えられて、一気に華やかさが増している。身に着けているものすべてが、私にはもったいないと感じるほどの仕上がりに、おもわずため息が漏れた。
「……素敵。こんなに綺麗にしてくれて、本当にありがとう」
ぺこりと頭を下げて、準部をしてくれた侍女たちにお礼を言うと、みんなもとても嬉しそうに笑ってくれた。
思えば、これまで何度も結婚の儀の準備をした。毎回違うドレスを着たせいか、いろんな形や色のウエディングドレスを試してきたが――今回が、自分的にいちばん気に入っている。というのも、ずっと相手の好みに合わせて選んできたから、あきらかに似合っていないものもあったからだ。というか、ほぼそうだった。高価なドレスを自分で準備できないので、選べるような立場にないのは重々承知だが、私の好みを少しも理解してくれていないのだと少し悲しくなったこともある。
でも、今回は私の好みをよくわかってくれている。それだけでも嬉しい。もしかして、ベティが選んでくれたのかしら。
「あの、このドレスや装飾品は誰が選んでくれたか知ってる?」
私はそれとなく侍女に聞いてみた。
「ノア様がすべておひとりで選んだと聞いております」
「えっ? ノア様が?」
「はい。自ら仕立て屋に出向いたようですよ」
「そ、そうなんだ……」
意外な返答に、私は少々驚いてしまった。
窓から見える夜空は、前回の結婚前夜とは違い、無数の星が浮かんでいる。まるで星たちが、明日の結婚を祝福してくれているかのようだ。
星を見上げて足を止め、しばらく時間が経つとまたうろうろと同じところを周り続ける。そんな私の行動は、傍から見れば奇妙といえるだろう。だが、じっとしていられる心の余裕がない。
そう――今日は結婚前夜。
私が生きるか死ぬかは、毎回この日にかかっている。これまでノア様以外の男性との結婚を控えた夜は、記憶がある限りすべてノア様に殺されてきた。気づけば剣の切っ先が身体に刺さり、不思議と痛みは感じずに、それでも温かな血が身体の周りに広がっていく気持ちの悪い感覚を、私は忘れることはない。
「四回目では侍女に一緒に寝てもらって――五回目は部屋にいなかったけど見つかったのよね……」
誰かと寝ようが、起きて動き回ろうが、ノア様は私を決して逃がしてはくれなかった。それならいっそ、初心に戻って部屋でおとなしく眠っていよう。そう思ったのが、つい最近のループでのこと。
「でも……結局ダメだったのよね」
きっと結婚前夜までにとある条件を満たさなければ、どんな場合でもノア様はやって来る。私はやっとその事実に気づいた。
「その条件っていうのがわからないから、厄介なんだけど」
ところどころひとりごとを呟いて、私は肩を落とす。
しかし、今回は今までとはまったく違う方向を進んでここまできた。ノア様に恨まれないよう行動したし、ノア様とベティのことを想ってノア様と結婚するなんて大胆な行動に出た。……自分が生きられるようにって気持ちも、当然そこにあるけれど。
「だから、今回は大丈夫! だと思う。うん」
鏡を覗き込み、そこに映る自分に向かって話しかける。言葉ではそう言いながらも、表情はどこか不安げだった。でも、ここまで来たら信じるしかない。
気がかりがあるとしたら――食堂で、最後にノア様を怒らせてしまったことかしら。失望したようなあの表情が、まだしっかりと脳裏に刻まれている。
いい感じだったのにあんな場面でヘマをするなんて、なんてまぬけなのか。だが、反省したとて時は戻らない。いや、実際に時が戻る体験はしているのだが、私が言いたいのは好きな時に好きな場面に戻ることは不可能ということだ。
あれこれ考えているうちに、あっという間に時間が過ぎていく。自分を殺してきた相手と同じ屋根の下でこの日を迎えるなんて自殺行為のようなものだが、そんな状況下でも人の身体というのは素直なもので、自然と瞼が重くなってきた。
……最初の頃は目がさえて眠気もこなかったのに。慣れって怖いなぁ。
今回もダメだったら、また対策を練らなくてはならない。どんな結末を迎えても、私のできることはこれからもやりつくそう。
しばらくベッドの上に座っていた私だったが、気づけば身体は自然と横になり、視界は真っ暗に染まっていた。
……どうかノア様が来ませんように。夜の真っ暗闇みたいな目をした、悲しい顔のノア様を、今回は見ずに終われますように。そして――。
「結婚、できますように……」
無事に結婚式を挙げて、その先にある家族の笑顔を、これからそばで見守っていられますように。
寝言のように呟くと、私の意識はそこで途切れた。
目が覚める。
身体のどこも痛くない。外からは鳥のかわいらしい鳴き声が聞こえ、空は快晴。なんとも気持ちよく、清々しい朝だ。
「はぁ~……これで八回目……ん?」
何度も見た朝の光景――と思っていると、私は違和感に気が付く。いつもループ後に見る天井と、今自分の目に映る天井が違ったのだ。
「……えっ!? 私……ループしてない!?」
全身を自分の手でべたべたと触って、生きていることを確認する。そういえば、昨夜ノア様に襲われた記憶がない。いつも殺される時の記憶があるのに。
「……私、生きてるんだ」
達成感と感動に包まれながら、上半身を起こし両掌をじっと見つめる。
もう同じ朝食を食べて、同じ会話をして、パーティーで婚活する必要もない。私はループ地獄から抜け出したのだから。
「やったわーっ!」
思い切り万歳をして歓喜の声を上げる。
「エルザ様、お目覚めでしょうか――し、失礼しました!」
……同時に侍女が私の部屋を訪ねてきて、変な目で見られてしまった。私は改めて侍女を部屋に招き入れ、身支度の準備を手伝ってもらう。
「本日は午後から結婚の儀がありますので、朝食後はエルザ様をわたくしどもで完璧にドレスアップさせていただきます」
髪を梳かしながら侍女が言う。ついに結婚が目前に迫っていることを実感し、私はひとり喜びを噛みしめる。
初めてのメニューの朝食を食べ、初めての会話をし、私は結婚の儀の準備をすることとなった。ノア様とは、結婚の儀で今日初めて顔を合わせることになりそうだ。初めての連続で、胸がドキドキわくわくと弾んでいる。
止まっていたはずの私の人生の時計の針が、やっと新たな時を刻み出したのだ。不安よりも、今日この日を迎えられた喜びのほうが何倍も大きい。三度目の正直ならぬ、八度目の正直というやつだろうか。
でも、どうしてループを抜け出せたのかしら?
朝食後、侍女数名に全身を隅々まで洗われながら、私は目を閉じて考える。
やっぱり、ノア様との結婚がキーになっていたりする? 今回私がとった行動の中にループを抜け出す条件があったとしたら、それしか思いつかない。
ノア様とベティを見捨てずに、ふたりが一緒にいられる未来になるよう仕向けた。それが、私が死なないでいられた大きな要因……ってところか。
「とっても美しいです! エルザ様!」
うーんと頭を捻らせているうちに、あっという間に準備は終わっていた。
「えっ! もう終わったの!?」
本来、こういった大きなイベントの準備中に考え事をしている人はほぼいないだろう。せっかく綺麗に着飾ってもらったのだから、もっとその過程を楽しめばよかったといまさら後悔する。
「はい。なにか気になるところはございますか?」
姿見に映る私は、まるでいつもの私とは別人のようだった。
ドレスは以前、王家が用意してくれたものをいくつか試着して決めた。その中でいちばん気に入ったのが、この純白のウエディングドレス。すっきりした形のĄラインドレスは、胸元に花模様の刺繍が刺繍があしらわれて上品な印象を与えてくれる。肩や鎖骨ががっつりと出るのは恥ずかしいが、変に隠すよりもこっちのほうが全体的にバランスがよく、勇気を出して挑戦してみた。
髪型も後れ毛を少し出して、あとは綺麗にアップヘアにまとめてくれている。ふわふわと巻かれた髪にはダイヤモンドが使われたヘッドバンドが添えられて、一気に華やかさが増している。身に着けているものすべてが、私にはもったいないと感じるほどの仕上がりに、おもわずため息が漏れた。
「……素敵。こんなに綺麗にしてくれて、本当にありがとう」
ぺこりと頭を下げて、準部をしてくれた侍女たちにお礼を言うと、みんなもとても嬉しそうに笑ってくれた。
思えば、これまで何度も結婚の儀の準備をした。毎回違うドレスを着たせいか、いろんな形や色のウエディングドレスを試してきたが――今回が、自分的にいちばん気に入っている。というのも、ずっと相手の好みに合わせて選んできたから、あきらかに似合っていないものもあったからだ。というか、ほぼそうだった。高価なドレスを自分で準備できないので、選べるような立場にないのは重々承知だが、私の好みを少しも理解してくれていないのだと少し悲しくなったこともある。
でも、今回は私の好みをよくわかってくれている。それだけでも嬉しい。もしかして、ベティが選んでくれたのかしら。
「あの、このドレスや装飾品は誰が選んでくれたか知ってる?」
私はそれとなく侍女に聞いてみた。
「ノア様がすべておひとりで選んだと聞いております」
「えっ? ノア様が?」
「はい。自ら仕立て屋に出向いたようですよ」
「そ、そうなんだ……」
意外な返答に、私は少々驚いてしまった。