結婚前夜に殺されて人生8回目、今世は王太子の執着溺愛ルートに入りました!?~没落回避したいドン底令嬢が最愛妃になるまで~
 ひとりでと言いつつ、ベティに付き添いを頼んで助言してもらったのではないかという考えが脳裏に浮かぶ。
それだと合致がいくわ。きっとそうね。
私はひとりで納得し、結婚の儀が行われる王宮内にある礼拝堂へと足を運ぶ。ここは王族の結婚式が代々執り行われてきた場所らしい。まさかこんな場所に自分が足を踏み入れることになるとは思わなかった。しかも観客でなく、メインとなる立ち位置で。
 礼拝堂の扉が開かれ、私は付き人に促されるまま一歩ずつ足を進める。国民を交えての結婚パーティーは後日行われるようで、今日は関係者のみが礼拝堂に集まっている。上流階級の人々の視線が矢のように刺さり、緊張でドレスの下の足が震えた。慣れないハイヒールで姿勢よく歩くのはなかなか難しいが、ノア様の相手に恥じないよう、見せかけでもきちんと格式ある令嬢として振る舞わなければ。
 そう意識しすぎたせいか、勝手に顔が強張ってしまう。向かい側で既に待機しているノア様の姿もぼんやりとしか見えない。
 すると、ふと視界に家族の姿が目に入る。三人とも穏やかな笑顔で私を見つめていて、憔悴しきっていたアルノーも、以前のような柔らかな優しい顔つきに戻っていた。
 ……よかった。
 それを見ると、自然と私の顔を綻ぶ。これからは、もう絶対に苦労させない。私が立派なレディになって、お世話になったレーヴェ家に恩返ししてみせる。この結婚は、そのための大きな一歩だ。
 ちょうど緊張もいい具合に解れたところで、私は指定の場所まで到着する。
 ふぅ、と一呼吸置いて顔を上げると、ノア様とばっちり目が合った。
「……っ!」
 やっとしっかりノア様の姿を見ることができ、私はおもわず息を呑む。理由は単純――あまりにノア様が眩しすぎたからだ。
 金髪に映える深い赤色のローブを纏い、袖口や裾には金色の刺繍が施されている。腰元の帯には見るからに高級な宝石が編み込まれ、だけどもその高貴な輝きすら、ノア様という人物の装飾品となっていた。それくらい、顔が美しすぎる。 
 ノア様がかっこいいなんて昔から知っていたが、かっこいい人がいつもより着飾れば、容易くどんな人でもときめかせるほどの威力を持つことを思い知る。
 いけない。ノア様はべティの恋人なのに! 私なんかがときめいてごめんなさい!
 しかし、見れば見るほど見惚れてしまう美しさだ。私、顔が赤くなったりしていないかしら? 
 これ以上見つめると顔に出てしまいそうだと思ったが、こんな場面でノア様から目を逸らすほうが無礼だろう。一度逸らした視線を再度ノア様へ向けると、なぜかノア様の顔が微かに赤く染まっていた。……なんで?
「エルザ」
「は、はいっ!」
 大事な場面でノア様に名前を呼ばれ、声が裏返ってしまい恥ずかしさで死にたくなる。
「……綺麗だ」
 ノア様は私を見て、ふっと小さく微笑んだ。まさか誉め言葉をいただけるとは思わず、頭が身にまとっているドレスのように真っ白になる。
「……あ、ありがとうございます」
 みんなの目があるから、一応褒めてくれたのだろうか。そうに決まっている。勘違いしてはいけない。
 そこからは聖職者が聖書を読み上げたり、愛の誓いとして私たちふたりに祝福の加護として祈りを捧げてくれたり――たいした時間もかからず、結婚の儀は終了した。
 ぞろぞろと礼拝堂から人々が出ていき、私はそんな人たちの背中を見送りつつ、この瞬間を乗り越えたことにほっと胸を撫でおろす。
 結婚の儀を無事に終わらせた達成感も相まって、私の胸の中でこれまでのあらゆる思い出がぶわっと溢れかえった。
 ……長かった。ようやく結婚できた!
 エルザ・レーヴェの人生の第二章がやっと始まりを告げる。ドレスを着たまま思い切り走り出したい衝動に駆られるも、なんとか我慢した。
 そして礼拝堂に残るのは、私とノア様だけとなる。
 もう私も帰っていいのだろうか。それとも、ここでノア様とまだなにかすることがあったっけ……?
 とりあえず、ノア様に合わせればいいだろうと思っていると、急にノア様が私のほうに身体を向けたため、私もそれに合わせてノア様と向かい合う。
「エルザ、改めて伝えたいことがある。聞いてくれるだろうか」
「……? はい! もちろん!」
 さっきよりも、ノア様の表情が真剣だ。
 ……たぶん、ベティの話だろう。結婚はしたが、君はただのお飾り妻ですよと、ノア様は改めて私に認識させようとしているのだ。
「俺は……」
 ノア様が、意を決したように口を開く。私はにこにこと笑って、ノア様の様子を見守っていた。
「俺は君を、本気で愛している。昔からずっと……俺が愛しているのはエルザ、君だけだ」
「はい。わかりました。了解です――って、えぇぇ!?」
 予測していた通りの言葉がきたと思い、用意したままの返事をしている最中に、ノア様がおかしなことを言っていることに気づいた。
「……ノ、ノア様が私を?」
「ああ。君が大きな勘違いをしていることに昨日気づいて、今日ここで、俺の気持ちを伝えると決めていた」
「ま、待ってください。落ち着いてノア様」
「落ち着くのは君のほうだろう」
 これはなにかのドッキリなのか。あまりに信じられない事態に、私はひどく混乱する。昔からって……いつから? もしかしてノア様、神の庭でのことを覚えてくれている……?
「俺は君をお飾り妻なんかにするつもりはない。正式な妻として君を迎え入れ、君を幸せにするためにこれからも精進する」
 まだ頭の整理ができていない私をよそに、ノア様は思いの丈をぶつけてくる。そしてそっと私の腰を引き寄せると、そのまま私を腕の中に閉じ込めた。ノア様の胸に顔を埋めながら、私はようやくノア様に抱きしめられていることに気づく。
「エルザ。もっと俺を知ってくれ。そして、もっと俺を求めてほしい。……自ら求めたくなるくらい、俺に夢中になって、俺に溺れてほしい」
「……ノ、ノア様」
 抱きしめられる腕に力がこもる。神聖な場所で情熱的な言葉と共に抱擁をされ、なんだかいけないことをしているような背徳感に襲われた。
 切なげに投げかけられる言葉すべてがくすぐったくて、私の心臓に直接響くように鼓動がドクドクと早まるのがわかる。私は名前を呼びかけることで精一杯だ。
「これから俺は、ひたすらに君を愛し続けるよ」
 耳元にノア様の低い艶のある声が響く。あまりに甘い言葉を並べられて、頭がくらくらとしてきた。油断していると、このまま全身の力が抜けてしまいそうだ。
 ノア様は私の身体を離すと、しかし距離を離すことは許さないというように、右手は私の背中に添えたまま、じっと私を見つめる。
「エルザ、君への生涯の愛を、ここで誓う」
 そう言うと、額に控えめなキスが降ってきた。
「……君はもう、俺のものだから」
 キスをされて呆然とする私を見て、ノア様は嬉しそうに笑って、再度私への愛を誓ったのだった。
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