結婚前夜に殺されて人生8回目、今世は王太子の執着溺愛ルートに入りました!?~没落回避したいドン底令嬢が最愛妃になるまで~
 ローズリンドは神と精霊を大事にする国だから、そういった考えが生まれるのは不思議ではない。
「それじゃあ、もしこの先聖女が現れたら……」
「俺は君と離縁になって、聖女と再婚し聖女が正妻に。君は側室となる」
「……なるほど。場合によっては、すごい年齢差の夫婦も出来上がってしまうのですね」
「いいや。そこは聖女の年齢に考慮される。俺と君の間に……その……子供が生まれていたら、年齢差によっては、子供が婚約を結ぶことになるな」
 最後のほうになるにつれ、どんどんノア様の声が小さくなり、最後はまるで言葉を誤魔化すように大きく咳払いをした。
 聖女ってすごいのね。王族と同じくらいの権力を持つ者だからこそ、それを明確にするため王家と結婚させているとも考えられる。
 というか……ノア様が子供とか言うから、脳内で勝手に私とノア様の子供を想像してしまった。
「ノア様の遺伝子があれば、確実に女の子でも男の子でも美しいでしょうねっ! あ、私が遺伝子の邪魔をしてしまうのは申し訳ないですが――」
 言いながら、ノア様の顔がみるみる赤くなっているのに気づく。
 ……私、ノア様と結婚したばかりなのに、なにを口走っているのだろう。
 いろんなものをすっ飛ばしていることに気づき、つられるように私の顔も熱くなる。私たちに子供や子作りの話は、正直まだ早すぎた。
「ご、ごめんなさい! あくまで想像上の話で……いえ、想像したことすら厚かましいと思いますが……」
「いいや。いいんだ。俺もそんなつもりはなかったのに、勝手に君との子を想像してしまい……そんな自分を恥じただけだ。元はと言えば、俺が先に出した話題だ」
 ノア様も想像してたんだ……。もしかしたら、私より先に想像していた可能性もある。だから声が小さくなったのかも。
「あ、でも、こんなに長い間聖女がいないということは、聖女の力が遺伝するわけではないのですね」
「そうだな。あくまでも、聖女は神に直接選ばれた者のみ。聖女が子供を産んでも、その子供が必ずしもいい子になるとは限らない」
 遺伝するような力だったら、ここまで聖女という存在が伝説化してない、てことか。
「それより、そこでゆっくり話さないか? 今日は昔と違って、俺たちにタイムリミットはない。青空の下で、思い出話に花を咲かせるのはどうだろうか」
「……ふふ。そうですね。その話、乗りましょう」
 私はノア様にエスコートされながら、噴水まで一緒に歩き縁に腰掛けた。すぐ後ろに涼し気な水の勢いを感じる。この感じも懐かしい。
「もう、ここでエルザに会うことはないと思ってた」
 しばらく水の心地よい気配を感じて空を仰いでいると、ノア様がそう言った。
「……ごめんなさい。私、ここへ遊びに来ていることが院長先生にバレて、ノア様に挨拶もできないまま……」
 言いながら、スカートの裾をぎゅっと握る。
 なにも言えずにノア様とお別れになったことは、私にとってずっと心残りだった。いつか謝りたいと思っていたが、ノア様が私との思い出を覚えているか確証がなく、こんなにも遅い謝罪になってしまった。
「そういうことか。……あの時、俺はひどくショックだった。だからこそ学園でエルザを見つけた時は……すごく嬉しかった。エルザが貴族になったことで、また会えるようになったから」
 眉を八の字に下げ、ノア様は笑う。
レーヴェ伯爵家は王都の中心部からは離れており、ここまで通うことは不可能だった。それゆえに中心部で開催される社交場には顔を出せなかったため、ノア様と会う機会が学園入学までなかったのだ。
「入学してすぐ、ノア様は私に気づいていたのですか?」
「当たり前だ。君は想像よりずっと素敵な女性になっていて……でも、あの頃と同じ、かわいい笑顔をしていた」
 当時の私を思い出すように、ノア様はひとりでくすくすと笑い始める。
「……そんなふうに思ってくださったなら、今みたいに笑って話しかけてくれればよかったのに」
「! そ、それは……」
 私にジト目でのんきに笑っているノア様を見つめる。べつに怒ってはない。ただ、ノア様の困っている姿に興味があったため、ここぞとばかりに切り込んでいく。
「ノア様、私を見た瞬間に思いっきり顔をしかめたんですよ。それまではにこやかに笑っていたのに。あの瞬間、私はノア様に忘れ去られているのだと確信し、ここでの思い出は個人的によき思い出として心の中にしまうと決めたんです」
 あのしかめっ面は、今でも忘れられない。そもそもなぜノア様はあんな表情をしたのだろうか。今が、その謎を解くチャンス? 
「俺からしてみれば、そんな顔をしたつもりはなかった。ただあまりに驚いて……夢を見ているのかと……稲妻に三発は打たれたような、ものすごい衝撃だった……」
「……つまり、驚きすぎて顔が強張ったと?」
「……そういうことだ。情けないがな」
 ノア様と距離を詰めて、もっと近くでじーっと見つめると、ノア様はばつが悪そうに顔片手で口を塞いで顔を逸らした。
その瞬間、ベティに言われた言葉を思い出す。
『その優しくするっていうのができない人だったの! しかも好きな人にだけ! 理由は好きな人を前にすると緊張して話せくなるから!』
『ノア様はエルザに冷たくしたんじゃあない。あなたを好きだからこそ、特別だからこそ、今まで接し方がわからなかった。それだけよ』
 半信半疑で聞いていたその言葉に似たものを本人から言われるだけで、真実味を帯びる。
「何度も何度も、君に話しかけようと思った。でも……できなかったのは、俺の弱さだ」
「……弱さ? というか、ノア様はいつもたくさんの女子生徒に囲まれていましたし……話しかける隙もなかったような」
 ノア様は話しかけることはあっても、自ら女子生徒に話しかけている場面を見たことがない。アルベルト様は――学園でも、ナンパし放題って感じだったけれど。だから、そんな中でノア様から話しかけられでもしたら、地味で空気だった私が一瞬にして学園中の注目を浴びる羽目になっていただろう。
 パーティーではもう今後関わらないと思ってあんな大胆な行動に出られたが、在学中だと絶対に無理だった。いじめなんて受けて持ち物を隠されたり壊されたりでもしたら、買い替えるお金もなかったのだから。
「君は、俺を完璧だと思うか? エルザ」
 突拍子のない質問に、私は目を丸くする。ベティも同じ質問を私にしてきたが、本人から問われるとまた質問の重みが増すような気がした。
「はい。王子様って言葉まんまのお方だと思います。私自身、何を持って完璧というのかはわかりませんが……」
 完璧か完璧でないかと問われれば、ノア様は前者で間違いないだろう。
「実は、俺にも弱点がある」
「ノア様の弱点……」
「ああ。エルザ、君だ」
「……うん?」
 ベティが言ってた、恋愛下手っていうのが弱点なのかと思ったが、その予想は見事に外れることとなる。弱点が私……? 意味がわからず首を捻った。右に一回、左に一回。ゆっくりと捻って考えるも、さっぱり理解不能である。
「俺は好きな人のことになると、完璧ではいられなくなる」
 頭上にいくつものハテナマークを浮かべる私をおもしろそうに眺めながら、ノア様は私を見つめた。彼の瞳には、相変わらずぽかんとした顔の私が映っている。
 ……私相手だと、ノア様は完璧じゃあなくなるってこと? たしかに、殺人を犯す人が完璧なはずないんだけれど……。
 ノア様が私を殺した原因には、やっぱり好きな人が大きく関係しているのだろうか。しかし、話を聞けば聞くほど――その好きな人が、自分、ということになってしまのだが。そして大きくまとめると、結局ベティの言っていた恋愛下手に着地するようにも思う。
「エルザ? どうした。ここに皺が寄ってる」
 人差し指で眉間をつつかれて、私ははっとする。
「……完璧ではない俺は嫌?」
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