結婚前夜に殺されて人生8回目、今世は王太子の執着溺愛ルートに入りました!?~没落回避したいドン底令嬢が最愛妃になるまで~
「精霊の君が俺に頼み事?」
「アタシだって、できることならアンタに頼りたくないわ。でも仕方ないの。アタシは王族の人間と一緒じゃないと、いくら実体化したところでこの庭を出られないからね」
 精霊は基本的にこの小さな庭で暮らしているが、稀に姿を実体化させ外へ出るようだ。だが、そうするにはディールス家の人間の力を借りなければならないらしい。精霊と人間界を繋ぐ役割も、王家が担っているという。
「……つまり、庭の外へ行きたいから、俺に協力してくれと?」
「……そうよ。でも、難しいことは言わないわ。アタシが行きたいのは王宮の、アンタの部屋だから」
 ぽっと頬を染めて、ピアニーは恥ずかしそうに俯いた。ノア様の部屋に行きたいって……いったいどういう……?
「悪いがピアニー。俺は君に一ミリも興味がない。君の相手はできないし、俺の愛する人を不安にさせるような頼みは聞けないな」
「なに言ってんのよ! アンタの部屋でアンタとどうこうしたいんじゃあないっての!」
 ノア様が早口でピアニーの頼みを真剣な表情で断ると、またもやピアニーの怒声が飛んできた。叫びすぎて、ピアニーも息が上がっている。……ごめんピアニー。私も同じ勘違いをしそうになっていたわ。
「アタシはアンタのペットの会いたいの!」
「ペット……ああ、リックのことか」
 それを聞いて、私はピアニーの意図を感じ取る。
 ノア様は知らないが、リックは精獣。きっと、ピアニーと友達なのだろう。だからピアニーはリックに会いたくて、わざわざ仲の良くないノア様に頼んでいるんだ。
「ノア様、ピアニーを連れて行ってあげましょうよ」
 そうとわかれば、私もすぐさまピアニーに加勢する。離れた友達に会いたい気持ちはよくわかるもの。私にも、離れ離れになった孤児院の友達がたくさんいるから。
「……そうだな。エルザが言うなら、俺も構わない」
 なぜ私基準なのかわからないが、ノア様も乗り気ではないものの渋々承諾する。
「だが、なぜリックに会いたいんだ?」
「なぜって……アタシ、もふもふした生き物が好きなの。だから直接触れてみたくて……ていうか、アンタに関係ないでしょっ」
「関係はあるだろう。リックは俺の愛犬だぞ」
「ふんっ! もとはといえばアタシたちの――」
 言いかけて、ピアニーははっとして口を塞ぐ。ノア様はなにも気にしていないが、ピアニーからすると、リックは元々精霊の仲間。私はその先を聞かずとも彼女の言いたいことがわかった。
「いいからさっさと行くわよっ! 部屋に着くまでは、蝶になってアンタの肩に乗っていくわ!」
 ピアニーは姿を綺麗なピンク色の蝶に変えると、ノア様の肩に引っ付く。
「……仕方ないな」
 ノア様は面倒くさそうにため息をつくと、私たちは立ち上がり、王宮まで帰ることとなった。

 無事に王宮へ到着し、私も一緒にノア様の部屋へ向かっている最中のこと。
「ノア! 見つけた! 今日は帰りが遅かったな」
 廊下の角からひょっこり姿を現したのは、アルベルト様だった。
「アルベルト様、お久しぶりです」
 頻繁に顔を合わせることになると思っていたアルベルト様だったが、なぜか結婚の儀以降まったく会う機会がなかった。久しぶりに会えた喜びも込めて笑顔で挨拶をする。
「エルザちゃん! やっとまた会えたね! いやぁ、本当はもっといろいろ話したいんだけどノアが――」
「おいアルベルト、さっさと要件を話せ。あとエルザに近寄るな」
 急にノア様から殺気を感じ、私もアルベルト様もぎょっとする。あまりの殺気に、肩の後ろに隠れているピアニーも蝶の姿のままびくびくと震えていた。
この殺気は私に向けられているというより……アルベルト様に向いているっぽいわね。アルベルト様、私の知らぬ間にノア様を怒らせたのかしら。
「わ、わかったって。確認してほしい書類がいくつかある。執務室へ同行願いたい」
「今から? 後でもいいだろう」
「悪いが期限付きの書類だ。早急によろしく。ってことで、ノア借りるね? エルザちゃん」
「お、おい、アルベルト――」
 アルベルト様は片手を顔の前に出して私に謝りながら、もう片方の手でノア様の腕をがっしり掴み、強制的に執務室へ連れて行ってしまった。
 ピアニーは急いでノア様から離れると、今度は私の肩にひらひらと舞い降りてくる。
「ピアニー、ノア様から離れて大丈夫?」
 小声で蝶のピアニーに話しかける。
【ええ、大丈夫。王宮は王家の魔力に満ちているから、問題ないわ。さあ、早くアタシをリックのところに連れて行って!】
 パタパタと羽で私の肩を叩いて、ピアニーは私を急かす。私もそんなピアニーの気持ちを察して、できる限りの早歩きでノア様の部屋へと向かった。……勝手に入ることになるけど、ノア様もわかってくれるわよね?
「ピアニーって、さっきの姿に戻った場合、ほかの人間にも姿が認識できるの?」
【ええ。あれは人間に姿を現すためのアタシの本当の姿だから。たとえば加護を授ける時なんかは、庭の外で実体化するの】
「あれ? だったら、ノア様がいなくても移動できるんじゃあない?」
【……今はわけありでできないの! 庭の神聖力が低下して、アタシたちの力も弱まってるのよ。無駄口はいいから、早く!】
 ピアニーが言うには、神様から発せられる神聖力や魔力に触れることで精霊も元気になり力が漲るらしい。不在なことで、精霊の力の低下に繋がっているようだ。
庭の神聖力の低下って、国としては結構問題な気もするが、ノア様は今日庭をチェックする時になにも言っていなかった。一時的なものなのか、ノア様にも判断できないほど微力な低下なのか。しかし、本当に庭がピンチだったらピアニーも言うはずだ。今のところは不便はあるが、大きな問題というわけではなさそうだ。
 部屋に着いて中に入ると、私は周りに誰も人がいないことを確認してから扉を閉める。万が一、私が小さな女の子を連れて勝手にノア様の部屋に入っているところを見られて変な噂を立てられたら困る。例えば……どちらかに隠し子がいるとか。人間は事実を確認せずともよからぬ想像で盛り上がってしまう生き物だ。現に私も、ノア様は完全にベティと付き合っているのだと思っていた。
「リック様ぁっ!」
 ピアニーは私の身体から降りるのと同時に、蝶の姿から女の子の姿へと変化した。
【ピ、ピアニー!? なぜお前がここに……!】
 ソファでくつろいでいたリックはピアニーを見て驚き、大きな身体をびくりと跳ねさせる。
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