結婚前夜に殺されて人生8回目、今世は王太子の執着溺愛ルートに入りました!?~没落回避したいドン底令嬢が最愛妃になるまで~
「ストーップ。そこまで、おふたりさん」
 あと数センチでキスされる。そんなギリギリの状況の中、ムードを一気に変えるような軽快な声が響いた。この声はアルベルト様だ。
「あのさ、ほかにも人がいるから周りを見てくれると嬉しいな。それと、もうとっくにパーティー始まってるから」
 笑顔だが、その裏に若干の苛立ちを含んだ様子でアルベルト様は言う。
 我に返って周りを見ると、赤面した侍女や執事たちがよそよそしく私たちから目線をそらしていた。
 ――私ったら人前で我を忘れるなんて!
 猛烈な羞恥を抱える私とは裏腹に、ノア様はアルベルト様に邪魔されたことに怒っているようだった。……これは、ベティの言う暴走が既に始まりかけている気がするような。
「気を取り直して、今日は楽しもう。エルザ」
「はいっ!」
 ノア様に手を差し出され、私は贅沢なエスコートを受けながら大広間へと向かう。
 私たちが姿を現した瞬間歓声が沸き起こり、会場は一瞬にして、ノア様という主役を称えるための場所と変わる。すべての目がノア様に引き寄せられるように集まって、その後……私には、どこか哀れむような視線が寄せられた。
「ああ、あの子が噂のお飾り妻……」
「学園時代、ずいぶん冷たくされていたらしいわよ」
 わざと聞こえるように、そばにいる令嬢たちが言う。やっぱり、世間ではまだそう思われているのよね。
「気にするな」
 すると、ノア様がすかさず私にそう言った。
「今日で、君が俺のお飾り妻なんて噂はなくなる。彼女たちが君を見る目も、俺が一瞬で変えてみせよう。それと――俺がベティと恋人だなんて忌々しい噂も闇に葬り去らないとな」
 さっきのアルベルト様のように、ノア様も笑っているようで笑っていない、そんな笑みを浮かべた。
 もう世間では浸透していることなので、結婚発表や私たちの紹介は手短に済まされる。その後はノア様の挨拶周りに同行しながら、私はとにかく隣でぎこちなく微笑んでいるだけ。
 そんな中、ひとりの見知った令嬢が私とノア様のもとへ挨拶にやって来た。彼女は侯爵令嬢のフリーダ様。つい最近まで同級生だった令嬢だ。そして……誰よりもノア様に熱烈アプローチをしていた令嬢でもあった。一時期、ノア様と婚約したって噂が流れていたが……私と結婚しているため、あれは嘘だったのだろう。
「お久しぶりです。ノア様。あと、エルザも……いえ、もうエルザ様、ですわね」
 腹の底では、私なんかを様付けで呼びたくないというその思いが、棘のある言い方や私を見る目つきに出ている。私は逆に、立場が上になったとて、いまさら彼女を呼び捨てで呼ぶことはできない。
「おふたりが結婚するなんて、びっくりましたわ。まさに青天の霹靂。……エルザ様、いかがです? お飾りになってまで、ノア様の妻の座を手に入れたご気分は」
 持っている扇子で口元を覆いながら、小声でフリーダ様が言った。面と向かって言われるのは初めてで、私も驚きで心臓がヒュッとする。だが、隣にいるノア様は待ってましたといわんばかりにフリーダ様の言葉に口角を上げた。
「フリーダ。君がその話題に触れてくれて助かった。やはりまだ世間では、真実を知られていないことがよくわかったからな」
「あらノア様。まさかここで、本当の恋人は侍女だということを宣言してしまいますの? そんなことをしたら、彼女の立場が……」
「はっきり言わせてもらう。俺は元専属侍女のベティーナとはなにもない。その証拠に、俺の申し出で専属契約を破棄させてもらった。俺が昔からずっと好きだったのは――正真正銘、エルザだけだ」
 ノア様は大広間のど真ん中で、周囲に見せつけるように思い切り私を抱き寄せて高らかに宣言する。
「……は? ノ、ノア様? なにを仰いますの? 在学中、あれだけエルザ様を避けておられたのに」
「それは彼女を好きすぎた故に起きた、俺の大きな過ちにすぎない。エルザはお飾りなんかじゃない。それは今から、俺が行動で証明してみせる」
 周囲からどよめきが起き、私へ向けられる視線の種類が一変したのを肌で感じる。哀れみから羨み、嫉妬、驚き……だが、変わったとて決して気持ちのいいものではない。集中する眼差しがこう語っている。〝なぜあなたなの。ちっとも釣り合っていない〟と。私ですら同じことを思っている。
「ノ、ノア様、もういいですから」
 これ以上ノア様が私への気持ちを語り出せば、よけいに令嬢たちから反感を買うことは目に見えている。ノア様を止めようと両手を胸の前に掲げると、ノア様はどういうわけか私の両手を掴み、そのまま指をぎゅっと絡ませた。
「どうしたエルザ、俺と手を繋ぎたかったのか?」
「い、いや、違――」
「君が望むなら、永遠に繋ごう。俺の可愛いお姫様」
 そう言って、ノア様は跪くと私の手にキスを落とした。周りから黄色い悲鳴が上がり、あまりの声の大きさに鼓膜がビリビリと刺激される。
「ノア様、人前ですよ? さっきアルベルト様にも周りを見ろって……」
「この件に関しては、見せつけて納得させるしかない。俺は疑いを晴らすためなら、幾度でもここでエルザに愛を示す」
 だめだ。ベティの言う通り、私がなにもせずともノア様は暴走している。ちらりと会場の隅で待機しているベティの様子を窺うと、俯いてめちゃくちゃに肩を震わせていた。あれは完全に爆笑しているに違いない。
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